全米No.1に輝いた「Desire」と衝撃的な宗教告白の「Slow Train
Coming」の間に挟まって、どうも印象の薄いアルバムとして評価されているようですが、個人的には良い作品も入っていて、それほど捨てたものじゃないはずだと思っていました。ただいかせん、大所帯の割にはチンケでぼそぼそとしたサウンドが、安っぽいショー・バンドのようで貧相だったのが弱点でした。
それが何と、発売後20年を経て今年'99年、当時のプロデューサーのドン・デヴィートが“もっといいアルバムになるはずだった”とミキシングのやり直しを申し出たのをディランが承諾し、完全リマスター盤として再発売されたのだから驚きました。過去のアルバムがこれだけリニューアルされるというのも、あまり例がないのではないでしょうか。
では肝心のサウンドの方はというと、まだ聴いておられない方は十分期待してくれて結構です。墓場で杭を打たれて眠っていたドラキュラ伯爵が息を吹き返したかのような見事な仕上がり。やればできるじゃないの、デヴィートくん。サウンドは実にクリアでシャープ、ディランのボーカルは迫真を増し、タイトなドラムスが前面に出て、左右に切れの良いギター、そして全体にすごくラフで迫力に満ち満ちている、とまるで別のアルバムを聴いているような感動ものです。これはもう、昔買ったLPなどゴミ箱行きだあ。
このアルバムを私は、精神的な危機の告白集、と見るのですが、その後のライブでもたびたび歌われている
Senor (Tales Of
Yankee Power)
が、それを代表しているように思います。その他にもメロディが魅力的なポジィティブなラブ・ソングの
Is Your Love In Vain ?
や、'60年代の作品を思わせるようなイメージが豊饒な
Changing Of The Guards
ゃ No Time To Think 、イギリスでヒットしたシンプルな
Baby Stop Crying
、また今回のリマスターで蘇った New Pony や We Better Talk
This Over
など、歌詞の面でもサウンド的にも決して「Desire」や「Blood On The
Tracks」にも劣らない質の良い作品群だと思うのですがいかがでしょうか。またリズムの区切り方やディランのボーカル・コントロールが、後の「Slow Train
Coming」へとつながっていく点も面白いように思います。
この時期、ディランは大規模なワールド・ツアーを敢行し、日本初公演の模様が後に「At
Budokan」として発売されましたが、このアルバムもほぼ同じメンバーで、極東ツアーと全米/ヨーロッパ・ツアーの合間にわずか5日間で録音されました。また私生活の面ではサラとの離婚成立や、意欲的だった映画「レナルド・アンド・クララ」の興行的失敗など、波瀾な時期でもありました。
とにかく既に旧盤をお持ちの方はぜひお買い直しを、まだ一度も聴いたことのない方はなおさら、今回のこのリマスター盤で過小評価だったこの充実の作品を見直して頂きたいと思います。
プロデュースでどれだけアルバムが様変わりしてしまうか、そして同じことですが、ミュージシャンがいくら良い演奏をしてもリミックスの段階でいかに容易にその輝きを潰してしまうことが多いか。特にディランの'80年代のアルバムなどは一部の例外を除いて、そうした不運なケースが多いように思います。こんな素敵なやり直しなら、どんどんやって貰いたいものです。
最後に、この頃おなじスタジオで、ディランはバック・ボーカルのヘレナ・スプリングスとアルバム一枚分以上の新曲を共作してレコーディングしていますが、残念ながらすべて未発表となっています。そのうちの
If I Don't There By The Morning と Walk Out In The Rain
の二曲が、後にエリック・クラプトンによってカバーされています。
目次へ