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Desire 1976

アルバム・コメント

Side A
1. Hurricane
2. Isis
3. Mozambique
4. One More Cup Of Coffee
5. Oh Sister

Side B
1. Joey
2. Romance In Durango
3. Black Diamond Bay
4. Sara

 

 

 

 

 

 

 スタジオ録音としては「Blood On The Tracks」に続いて発表され、全米チャートでも1位となり、ディランの作品では最高の売り上げ枚数を記録した人気の高いアルバムです。

 ディランが街角で演奏していたのを気に入ってスタジオに連れてきたというスカーレット・リヴェラのジプシー風(無国籍風?)ヴァイオリンが全編にわたってフューチャーされ、またカントリーの歌姫・エミルー・ハリスがほとんどの曲でディランとハモり(これがなかなかハマっている)、その他のバックの演奏もシンプルかつタイトな好演(特にドラムスが良い)と、自由奔放ながら極めて質の高いサウンド。加えてディラン自身の声も、全アルバム中でいちばんクリアに聞こえるように思います。

 かつて私の知り合いで当時デュラン・デュランの大ファンだったある女性が、どうしてもディランの曲(声?)に馴染めなかったのが、このアルバムだけ何故かひどく気に入って聴いていたのを思い出します。

 シングル・カットされたひさしぶりにストレートなプロテスト・ソングの Hurricane、11分に及ぶ壮大なピカレスク物語の Joey、哀愁のメロディが日本人にも特に人気の One More Cup Of Coffee、クラプトンがゲスト参加したメキシカン風な Romance In Durango、自由でメロウなディランのボーカルが魅力的なユング的歌詞の Black Diamond Bay、そして涙々の別れた妻への永遠のラブ・ソング Sara と、どれをとっても良い曲ばかりですが、なかでも私が特に偏愛しているのは魂の再生を賛美した古代詩編 Isis と、シンプルで深遠な Oh Sister です。

 このアルバムではディランはほとんどの曲の歌詞を、心理学者でブロード・ウェイ劇の脚本も書いていたジャック・レヴィと共作しています。その影響か、曲の舞台も異国に材をとったものが多く、物語性が際だった内容になっているように思います。そういう意味では前述の女性の話も含めて、ディランの作品の中では良い意味で一過性の、ちょっと毛色の変わった特別なアルバムであると言えるのかも知れません。

 なお、このアルバムのアウトテイクのうち、軽快な未練たらんこラブ・ソングの Abandoned Love は '85年に出たボックス・セットの「Biograph」に、これまたユング的象徴に溢れた謎解きソング Golden Loom と、ベースボール・スターを題材にしたブルージィな Catfish の二曲は「the bootleg series vol.1-3」に収録されています。

 またヴァイオリンのスカーレット・リヴェラは、ローリング・サンダー・レビューのツアーにも同行し、その後ソロ・アルバムを一枚残しています。一度中古屋で見かけたのだけど、買わずじまいでした(それほどコレクターではない)。

 

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Isis

 

 

5月の5日にイシスと結婚したが
あまり長続きがしなかった
それでおれは髪を切り 馬に飛び乗って
間違いを犯さずにすむよう 人の住まない見知らぬ土地へ向かった

闇と光の高地にきた
幹線道が町の真ん中を走っているところだ
おれは右手の杭に馬をつなげ
衣服を洗いに洗濯屋へ入った

隅っこにいた男がマッチを借りにきた
こいつは只者じゃないとすぐに分かった
「何かうまい話をさがしてるのかい」とやつは言った
「金はないぜ」とおれが言うと、「かまやしねえさ」とやつは答えた

二人してその夜 北部の寒気へと向かった
おれはやつに毛布をくれてやり やつはおれに言葉をかけた
「おれたちはどこへ向かってるんだ」と訊けば やつは「4日のうちには戻ってこれるさ」と答えた
「こんないい報せは聞いたことがない」とおれは言った

おれはトルコ石のことを考え 黄金のことを考えた
ダイヤモンドのことを考え 世界一大きな首飾りのことを考えた
峡谷を乗りこえ ひどい寒さをとおりぬけ
おれはイシスのことを考えた おれをひどい無鉄砲だと思った彼女のことを

私たちはいつかまた巡り会うわ、と彼女は言ったものだ
この次に結婚したらいろいろ違っているはずよ、と
ただしおれが踏ん張りつづけ 彼女と友だちでいられたらの話だが
いまだに彼女が話したいちばんいいことは何も思い出せない

おれたちは氷に閉ざされたピラミッドに着いた
やつは言った 「死体を見つけるんだ
そいつを持っていけばいい値段になるぜ」
それでやっと やつの考えていることが分かった

風がうなり 雪が吹き荒れた
おれたちは夜どおし切り出し 朝まで切り出した
やつが死んだとき 伝染病でなければいいがと願ったが
やり続けなければと思った

墓に押し入ったものの 棺はからっぽで
宝石も 何もなく やっと気がついた
やつはただ おれと仲良くしたかっただけだったのだ
やつの話を真に受けるとは どうかしていたに違いない

やつの死体をもちあげ 引っぱり入れ
穴へほうり込んでから もとどおりにふさいだ
早口で祈りを唱え さあ、これでいい
おれはイシスを探しに戻った 愛していると伝えるために

かつて川がよくあふれた草地に 彼女はいた
眠りでまどろみ 寝床が要った
おれは目に太陽をたずさえて東からやってきた
いちど彼女に呪いをかけると それに委ねた

「どこへいってたの?」 「大したところじゃないさ」
「あなた、変わったわね」 「そうかも知れないな」
「どこかへ行ってたのね」 「仕方なかったんだ」
「いてくれるんでしょう?」 「きみが望むなら、そうしよう」

イシス、おおイシス おまえは神秘の子だ
おれをおまえに駆り立てるもの そいつはおれを狂気に駆り立てる
いまでも覚えているぜ おまえのその微笑んださま
霧雨に濡れる 5月の5日に

 

 

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One More Cup Of Coffee

 

 

おまえの息は甘く
目はさながら 天上のふたつの宝石
おまえの背はしゃんと伸び
髪はねむる枕に心地よい
だがわたしには 優しさも
感謝も愛情も感じられない
おまえの忠誠は わたしにではなく
頭上の星々に対して

わかれのしるしに コーヒーをもう一杯
谷へくだりゆく前に
もう一杯のコーヒーを

 

おまえのおやじはやくざ者で
流浪が本業
男の見分け方と ナイフの投げ方を
おまえに教えてくれるだろう
よそ者が入り込まぬよう
かれは自分の王国を監督し
食い物のおかわりを言いつけるとき
かれの声はふるえる

わかれのしるしに コーヒーをもう一杯
谷へくだりゆく前に
もう一杯のコーヒーを

 

おまえの母や おまえに似て
おまえの妹には未来が見える
おまえは読み書きをいちども学んだことがなく
棚には一冊の本もない
おまえの快楽は底知れず
おまえの声はマキバドリのよう
だがこころは海原のようだ
(くら)く はかりがたい

わかれのしるしに コーヒーをもう一杯
谷へくだりゆく前に
もう一杯のコーヒーを

 

 

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Oh Sister

 

 

おお、同胞(はらから)姉妹よ あなたの腕で安らぐために来るわたしを
見知らぬ者のように扱ってはいけない
われらの父が そんな振る舞いを好むはずがないし
その危うさに あなたは気づくべきだ

 

おお、同胞姉妹よ わたしは
あなたの愛情を受けるに足る兄弟ではないのか
父の法(のり)に従い 愛するために
この地上でおなじ目的を授かった者同士ではなかったか

 

揺りかごから墓場まで 私たちは共に育った
死んで 生まれ変わり
神秘的に救われた

 

おお、同胞姉妹よ わたしが来て あなたの戸を叩いたら
背かないで欲しい 悲しくなるから
時は海だが 岸辺までだ
あしたは 会えないかも知れない

 

 

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Joey

 

 

いつの年かさだかでないが
生まれはレッド・フック・ブルックリン
アコーディオンの調べで
目を覚まし
いつも家の外で
それがどこであろうとも
“何だってそんなふうなんだ?”と訊かれると
かれは応えたものだ “そうだからさ”

ラリーが長男で
ジョーイは下から二番目
ジョーイは“クレイジー”と呼ばれ
赤ん坊のときは“ガキ畜生”と呼ばれてた
かれらは賭博や
ノミ行為などで生計を立てていたという話だ
いつもマフィアと警官の間で
のっぴきならなかった

ジョーイ ジョーイ
路上の王 泥のこども
ジョーイ ジョーイ
何でやつらは あんたをこんな目に会わせたかったのだろう

 

かれらがライバルを葬ったという噂が流れたが
事実とはほど遠いものだった
かれらがほんとうにどこにいたの
誰も確かなことは知らなかったのさ
とにかく連中がラリーを絞め殺そうとして
ジョーイは怒り心頭
“おれに弾は当たらんさ”とばかり
その夜 かれは復讐へと赴いたってわけだ

夜明けに闘いの火ぶたは切られ
通りはもぬけの空
ジョーイとかれの兄弟たちは
散々な負けを喰らったが
何とか包囲網を突破して
その間に 五人の捕虜を捕らえた
地下室にかくした連中を
かれらはシロウト呼ばわりしてな

“ここを吹き飛ばしてお釈迦にしよう
コン・エディスン会社の仕業にしちまえばいいさ”
ひとりが叫ぶのを聞いて
人質たちは顫えあがった
だがジョーイが手をあげて歩み寄り こう言った
“おれたちはそんな連中とは違うさ
おれたちの望みは 静けさと平和が戻って
いつもの仕事に帰れることだ”

ジョーイ ジョーイ
路上の王 泥のこども
ジョーイ ジョーイ
何でやつらは あんたをこんな目に会わせたかったのだろう

 

警察署はジョーイを
ミスター・スミスとして引っ立てた
連中はかれに仲間がいるはずだと睨んだが
確かなことは分からず終いだった
面会の席で判事はジョーイ
“いま何時かね?”と尋ねた
“10時5分前” ジョーイが答えれば
判事いわく“あんたのもまさにその通りだよ”

ニーチェやウィルヘルム・ライヒを読みながら
かれはアティカで十年服した
一度だけストライキを止めさせるために
独房に入れられたこともあった
かれの親しい友人は黒人たちだった
なぜなって かれらはみんな
娑婆で束縛されて生きるのがどんなものか
ちゃんと分かっているみたいだったから

'71年に出所したときには
少し痩せてしまっていたが
ジミー・キャグニーのようにきめて
誓って言うが そりゃあ立派に見えたもんだ
かれはかつての暮らしに
何とか戻ろうと努力して ボスにこう言った
“やっと戻れたんだ
あとは好きなようにさせて欲しい”

ジョーイ ジョーイ
路上の王 泥のこども
ジョーイ ジョーイ
何でやつらは あんたをこんな目に会わせたかったのだろう

 

晩年にかれが
銃を持ち歩かなかったというのはほんとうだ
“子供たちが大勢うろちょろしてるし”とかれは言っていた
“あの子たちはそんなものを知っちゃいけないんだ”
そのくせかれは 生涯のにっくき仇敵の経営する
クラブハウスに堂々と歩いて行き
レジの金を巻きあげて 言ったものだ
“クレイジー・ジョーの仕業だと伝えな”

ある日 ニューヨークのクラム・バーで
かれはやられた
フォークをあげたときに
ドアから入ってくるのが見えたのだった
かれは家族を守ろうと
テーブルを押し倒し
そうして よろめきながら
リトル・イタリーの通りへと出ていったんだ

ジョーイ ジョーイ
路上の王 泥のこども
ジョーイ ジョーイ
何でやつらは あんたをこんな目に会わせたかったのだろう

 

姉妹のジャクリーンにカーメラ
それに母親のメアリーたちは みんな泣いていた
かれの親友のフランキーがこう言うのが聞こえた
“死んだんじゃねえ、眠ってるだけだ”
それから一人の老人の乗ったリムジーンが
墓地へ引き返していくのが見えた
思うにきっと 自分が救ってやれなかった息子へ
最後にひと言だけさよならを言ったんだろう

弱々しく萎えてしまった陽射しが プレジデント・ストリートと
喪に服したブルックリンの街中を覆った
かれの生家の近くの古い教会で
ミサは執り行われた
もし天国の神様がそこから見下ろしているんなら
いつの日かきっと かれを撃ち倒したやつらは
当然の報いを受けるはずだ

ジョーイ ジョーイ
路上の王 泥のこども
ジョーイ ジョーイ
何でやつらは あんたをこんな目に会わせたかったのだろう

 

 

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Sara

 

 

砂丘にねころび
空を見ていた
まだ赤ん坊だったこどもたちが
浜で戯れていた頃のこと
きみは ぼくのうしろからきて
わきをすり抜けていった
そんなふうに いつも近くにいたね
手をのばせば届くほどに

サラ サラ
たとえ心がわりをしようとも
サラ サラ
想うにやさしく 語るに難しい

 

いまも砂浜で あの子たちが
バケツを手に遊ぶさまが目に浮かぶ
バケツで水を汲みに
水ぎわまで駆けていったさまが
いまも おいかけあいながら
丘へあがっていく
子どもたちの手からこぼれおちる
あの貝殻が目に浮かぶ

サラ サラ
かぐわしき純潔の天使 わが生涯のいとしき恋人
サラ サラ
かがやける宝石 神秘の妻

 

夜の森のなか
火のそばで眠ったこと
ポルトガルのバーで
ホワイト・ラム酒を飲んだこと
馬跳びを愉しんだり
白雪姫の物語を聞いたこと
サバナ・ラ・マールの
市場にいたきみ

サラ サラ
どれも鮮やかで 忘れられない
サラ サラ
きみを愛したことだけはけっして後悔はしない

 

あのメソディスト教会の鐘の音が
いまも聞こえる
ぼくは治療をうけ
やっと治ったばかりだった
チェルシー・ホテルで
幾日も眠らず
“Sad-Eyed Lady Of The Lowlands”を
きみのために書いていた

サラ サラ
どこへ行くのも いつもいっしょだった
サラ サラ
心から愛おしい 美しき恋人

 

どんなふうにきみと出会ったのか
おぼえていない
熱帯性の嵐のさなかに
天の使いが届けてくれた
冬には雪の上の月明かりのなか
そして暖かな気候のときには
リリー・ポンド通りに
いたきみ

サラ サラ
(まだら)のドレスに身を包んだ さそり座のスフィンクス
サラ サラ
ぼくのいたらなさを許しておくれ

 

いま砂浜は わずかな海藻をのぞけば
すっかりさびれはて
古い船の破片が
海岸に横たわるばかり
きみはいつも応えてくれたね
きみの助けがほしいときには
きみのドアへとつづく
地図と鍵をぼくにくれた 

サラ サラ
弓矢をもった魅惑のニンフ
サラ サラ
ぼくを捨てて行ってしまわないでくれ

 

 

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