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Slow Train Coming 1980

アルバム・コメント 

Side A
1. Gotta Serve Somebody
2. Precious Angel
3. I Believe In You
4. Slow Train

Side B
1. Gonna Change My Way Of Thinking
2. Do Right To Me Baby (Do Unto Others)
3. When You Gonna Wake Up
4. Man Gave Names To All Animals
5. When He Returns

* Trouble In Mind (A-1のSingle B面に収録)

 

 

 

 

 

 

 そのとき誰かが十字架をステージに投げ、かれはそれを拾った。次の町へ行き、気分がすぐれなくて「いままで持ったことがないもの。今夜はそれが必要だ」と思った。そして、とかれは続けた。「ポケットを見たら、その十字架があった。だから、あれを投げた人が今日ここに来ているなら、ありがとうと言いたい」

 

 初の日本公演を含む長期の世界ツアーを終了した後、ディランはイエス=キリストに帰依して熱心なクリスチャンとなり、極めて宗教色の強いアルバムを発表し始めました。本作から「Saved」「Shot Of Love 」と続く三作は俗に“キリスト教三部作”ともいわれ、その愚直なまでにストレートな信仰告白から多くの反発と非難の対象となり、低い評価をされてきました。

 しかし私はこの時期のディランを-----おそらく '60年代と '70年代半ばの活動に続く三度目のエポック・メイキングな-----精神的に非常に昂揚していて、かつ優れた作品を生み出していた時期だと思っています。いつもディランに関する様々な文章を目にするたびに、「宗教的」というだけでこの時期の作品が適切な批評もされず(その俎上にもあげられず)、ないがしろにされているのを歯がゆく思っていました。それはいわゆるロック批評家と称する書き手側に、宗教的な事柄を論ずるだけの力も知識もなかったためではないでしょうか。ほんの一握りの例外を除いて、この時期のディランの歌の真意を正面から真摯にとりあげた批評を、私はほとんど目にしたことがありません。

 ともあれ、ディランのこの時期の信仰についての私の意見は「Saved」のコメントにまとめて書きましたので、ここでは主にアルバムのサウンド面について記しておきます。

 

 

 おい、これはプロのレコードだぜ。ぼくがこれまで作ってきたのは趣味のレコードだったんだ。

 

 レコーディング終了時のディランのこの有名なコメントのとおり、このアルバムはひと言で形容するなら、入念に練られた設計図をもとに完璧に仕上げられた、気品と優美さに勝る石組みの古典建築物とでもいったらいいでしょうか。同時に音楽的にはとてもファンキーで、深い味わいと体温を感じる、そう、たとえばバッハのカンタータの形式とストラヴィンスキーのリズムが交錯するような、そんなホットなサウンドに満ちています。

 アレサ・フランクリンなどのR&Bを手がけてきたアトランティック・レコードの立役者ジェリー・ウェクスラーと、南部のマッスルショールズ・サウンドのキーボード奏者のバリー・ベケットをプロデューサーに迎え、当時まだデビューしたての Dire Straits からマーク・ノップラーとドラムスのピック・ウィザーズを抜擢し、ニール・ヤングとの活動でもおなじみのティム・ドラモンドをベースに配して行われたレコーディングで、ディランはおそらく生涯唯一の忍耐強さで緻密できめ細やかなレコーディング作業につきあい、それは非常に質の高いサウンドとして見事に結実しています。おそらく完璧さから言ったらディランの全アルバムの中でも随一で、そのあたりはもう少し素直に評価されてもいいのではないでしょうか。

 個人的にはレコードでいう特にA面が充実の力作揃いで、このアルバムの象徴ともいえるヒップな Gotta Serve Somebody から始まり、ノップラーの爽やかなギターが冴え渡る Precious Angel、感動的な決意表明の I Believe In You、そして緊迫したダイナミックなタイトル曲の Slow Train までほれぼれするようなプレイが続きます。そしてラストを締めくくるピアノ伴奏のみの荘厳で敬虔な When He Returns は、やはりディラン究極の名唱のひとつでしょう。またこのアルバムは、ニール・ヤングの下手上手(へたうま)ギターにも匹敵するディランのボーカル・コントロールが危うくも絶妙なバランスの中でその極みに達している、そんな醍醐味が愉しめる作品でもあります。

 もともとこれらの作品は、当時ディランのバンドの女性コーラスを務めていたキャロライン・デニスに全曲を歌わせ、ディラン自身がプロデュースをするつもりだったのが途中で変更され、結局ディラン自らがレコーディングすることになったものだそうです。収録曲以外に数曲のアウト・テイクがあり、そのうち Trouble In Mind は Gotta Serve Somebody のシングル盤のB面に収録され、後の「Shot Of Love 」に入っていてもぴったりな生気溢れるリズムの Ye Shall Be Changed は「bootleg series vol.1-3」で公表されました。

 またディランはこのアルバムの Gotta Serve Somebody ではじめてグラミー賞(ロック部門・最優秀男性ボーカル)を受賞し、授賞式の会場でずっしりと重いパンチの利いたイカした演奏を聴かせてくれました。さまざまな意味で、ディランの節目といえる重要な一枚だと思います。

 

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I Believe In You

 

 

やつらはきく 
おれがどんな気持でいるか
おれの愛情は本物なのか
やりとおすことができるとどうしてわかるのか、と
そしておれを見て 眉をひそめ
おれをこの町から追い出したいと思っている
おれにいてほしくないんだ
あなたを信じているから

 

やつらはおれにドアを示し
もう二度と来るなという
やつらがなってほしいように おれがなってやらなかったから
そしておれは誰の手も借りず たったひとりで
家から一千マイルをあるいてきた
だが、さびしくはない
あなたを信じているから

 

あなたを信じます 涙と笑いの中にあっても
あなたを信じます はなればなれでいても
あなたを信じます 二日酔の朝でさえ
ああ、夜明けがちかいときも
ああ、夜が消えつつあるときも
ああ、この気持ちは変わらず おれの胸のここにある

 

あまり遠くまで行かせないでください
あなたのちかくにとどめてほしい
そうすれば わたしはいつでも生まれ変われる
あなたが今日くれたものは
わたしには払いきれないほどです
そしてやつらがなんといおうと
わたしはあなたを信じている

 

あなたを信じます 冬が夏へと移るとき
あなたを信じます 白が黒に変わるとき
あなたを信じます たとえ数で圧倒されようと
ああ、大地がわたしをゆすろうが
ああ、友だちに見捨てられようが
ああ、そんなことで後もどりはしない

 

わたしに心がわりをさせないでください
やつらが推し進める計画のすべてと
関係のないところにいさせてほしい
わたしはといえば、苦しみは平気です
どしゃ降り雨も平気です
きっとわたしは耐えられるはず
あなたを信じているから

 

 

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Slow Train

 

 

ときどきひどく落ち込み、うんざりして
おれの友人たちはどうしちまったろうかと考えずにはいられない
かれらは見失ったか それとも見つけだしたか
いずれ捨てねばならぬ地上の原理いっさいをたたきつけるのに
いくらかかるか計算すませたろうか
ゆっくりと 鈍行列車がイカれてやってくる

 

アラバマにいるおれの女は
田舎娘だったが たしかに現実的だった
彼女いわく「あんたはぜったいに、その混乱から抜け出してタフにならなきゃ
こんなところで死んだら、事故の統計資料に仲間入りするだけよ」
ゆっくりと 鈍行列車がイカれてやってくる

 

人のエゴは膨張し 法律は時代遅れで
もはや使い物にならない
勇者の家を徘徊し待っていても当てにならない
ジェファーソンは墓の中でひっくりかえり (*1)
愚か者どもが自らを讃え、悪魔を手玉にとろうとしている
そしてゆっくりと 鈍行列車がイカれてやってくる

 

一流の交渉者にインチキ療法家に女嫌いたち
はったりの大家と提案の大家たち
だがほんとうの敵は上品なコートを纏っているやつらだ
あらゆる無信仰者と人間泥棒たちが
宗教の名において語っている
そしてゆっくりと 鈍行列車がイカれてやってくる

 

人々は餓え、渇き 大穀物倉庫ははちきれんばかり
おお、食料は与えるより貯える方が高くつくそうだ
連中は抑制をすてて己の野心に従え、と言う
その一方で連中は兄弟愛の生活についても語る
そんな生き方を知っているやつがいたら会わせてもらいたいものだ
ゆっくりと 鈍行列車がイカれてやってくる

 

さて、おれのあの子はどこかのろくでもない話をする野郎とイリノイへ行っちまった
彼女はやつを破滅できた----これが本当の自殺事例
俺には止める術もなかった
経済についてなどどうでもいい 天文学についてなど知ったこっちゃない
だがおれの愛する女が操り人形にされちまってることが、確実におれを苦しめる
ゆっくりと 鈍行列車がイカれてやってくる

 

 

*1 ジェファーソン.....アメリカの第3代大統領で、独立宣言の起草者。

*後記 なお第3節のバースは、ディランには珍しく偏狭な国粋主義的隠喩に満ちていて私は好きになれず、またディラン自身、近年のライブではこの部分を省いたり歌詞を変えて歌ったりしているので、ここではあえて訳出しなかった。

 

 

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Trouble In Mind

 

 

主よ、いつ手綱を引くべきなのか教えてほしい
とるに足らない痛みが 死につながることもある
悪魔がささやく “おまえを退屈させたくないからな
この女に飽きたら 別の女を用意してやるよ”

心のくるしみ 心のくるしみ
主よ、この心のくるしみを取り払ってください

 

総計がゼロにならない行為があるとしたら
それは心の内で数えるもの-----戦争の英雄に訊くことだ
秘密にできると思っているだろうが ひとりではない
妻が石に変わってしまったとき 何を思ったかロトに聞くがいい (*1)

心のくるしみ 心のくるしみ
主よ、この心のくるしみを取り払ってください

 

大気のパワーを抱いた王-----悪魔がやってくる
おまえに自らの法をつくらせ おまえの髪に鳥の巣をこしらえ
おまえが自らつくりあげたものを崇拝するようになるまで
おまえの良心を鈍らせる
そしておまえは 見捨てられた寄る辺なき土地で
異邦人に仕えることになる

心のくるしみ 心のくるしみ
主よ、この心のくるしみを取り払ってください

 

場違いなところで 愛する者にとらえられ
おまえは“みんながやっているから 間違いのはずはないさ”と言う
そして真理は遠のき 虚言が幅をきかせ
正しくはないことを弁明しつづけることになる

心のくるしみ 心のくるしみ
主よ、この心のくるしみを取り払ってください

 

私の仲間の多くは いまだボスになりたがっている
かれらは主の御国とも十字架とも何ら関わりがない
すさんだ日常に罰を課し
妻と仕事 そして財産がかれらの信条だ

心のくるしみ 心のくるしみ
主よ、この心のくるしみを取り払ってください

 

私の死に際なら 煙のひと吹きのようなもの
主よ、いつまで心を乱し くるしまねばならないのでしょうか
悪魔はほんの少しだけおまえに味わせ すばやく中へもぐり込む
主よ、私の弱さを覆い 血を流さぬようお護りください

心のくるしみ 心のくるしみ
主よ、この心のくるしみを取り払ってください

 

(*1) ロト........神が悪徳の町ソドムとゴモラに硫黄と火を降らせ滅ぼした際に、ロトの一家は神の使いによってこれを逃れたが、約束をやぶって後ろをふりむいたロトの妻は塩の柱になってしまった、と旧約聖書の創世記19章にある。 

 

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