Idiot Wind
誰かがでっちあげてマスコミに流した話だ
どこの誰だろうと 早いとこやめてくれないかと願うしかない
やつらの話じゃ おれはグレイなる男を撃って
そいつの女房とイタリアヘトンヅラしたそうだ
女は百万の遺産を相続して
死んだんで それがおれのものになった
運がいいなら仕様がない
みんなはおれに会うと いつも
どんなふりをしたものかと困惑している
あいつらの頭ん中は 馬鹿げた思いつきや空想や
ねじ曲がった事実でぎっしりだ
きみでさえも きのう
ほんとうのところはどうなの? とおれに訊く始末
長いつきあいなのに 信じられなかったぜ
どこかの尻軽女よりましな程度しか分かっていなかったとは
白痴風が きみが口を動かすたびに吹き抜ける
南へ向かう田舎道を吹き抜ける
白痴風が きみが歯を動かすたびに吹き抜ける
きみはまぬけ野郎だ
まだ息の仕方を知っているとは驚きだ
占い師のところへ駆け込むと
カミナリに当たるかもしれんから用心しろと言われた
安らぎと静けさから おれはずいぶんご無沙汰だったので
いまではどんなものだか忘れてしまった
十字路に兵隊がひとりさびしく立っている
貨車の扉から煙がもうもうと立ち昇っている
そんなことがあろうとは 予想もつかなかったろうが
連戦連敗の負けがこんだあとで
とにかく最後に やつは闘いに勝ったのだ
道端でおれは
わけの分からない白昼夢から目が覚めた
きみの栗毛の雌馬の幻が
おれの頭を撃ち抜き めまいを起こさせる
きみはおれの最愛のひとたちを傷つける
真実を嘘で覆い隠す
いつの日か きみはドブに落ちて
蠅がきみの目のまわりをぶんぶんとうなり
きみの鞍は血で汚れるだろう
白痴風が きみの墓石の花を吹き抜ける
きみの部屋のカーテンを吹き抜ける
白痴風が きみが歯を動かすたびに吹き抜ける
きみはまぬけ野郎だ
まだ息の仕方を知っているとは驚きだ
おれたちを引きずり倒したのは引力で
引き裂いたのは運命だった
きみはおれの檻の中のライオンを飼い慣らしたが
心の中まで変えることは敵わなかった
いまやすこしばかり混乱気味で
車輪が止まってしまったのは紛れもない事実
良かったことが悪く 悪かったことが良い
てっぺんまであがってみたら それがどん底だと分かるだろう
儀式の途中でおれは きみの汚いやり口が
とうとうきみを盲にしてしまったのだと気がついた
もうきみの顔は思い出せない
きみの口は変わってしまったし 目はもはやおれを見ようともしない
日曜日に黒衣を着た牧師が
建物が燃えているのに無表情で坐っている
春が秋へと変わるまでの長い時間を
おれは糸杉の木のそばの踏み板の上で きみを待ち続けたのだが...
白痴風が グランド・クーリー・ダムから国会議事堂まで
おれの髑髏(しゃれこうべ)をなぞるように吹き抜ける
白痴風が きみが歯を動かすたびに吹き抜ける
きみはまぬけ野郎だ
まだ息の仕方を知っているとは驚きだ
もうきみを感じられない
きみが着ている服に触れることもできない
きみのドアの前を這うようにして通り抜けるたびに
自分が別の誰かであったらいいのだがと念じている
あのハイウェイを 果てしない鉄路を
忘我に至る道のりをずっと
きみの思い出と荒れ狂う華やぎに駆り立てられて
おれは星空の下 きみを追った
とうとう最後の土壇場まできて
おれは裏切られ やっと目が覚めた
きみとおれを分かつ国境線上で吼えている獣に おれはさよならのキスをした
きみには分かるまい おれが負った痛手も
おれの心にある苦しみも
そしておれもおなじように きみの尊さや
思いやりが分からないのだろう
それがほんとうに残念だ
白痴風が 二人のコートのボタンを吹き抜ける
二人が書いた手紙の間を吹き抜ける
白痴風が 二人の棚の上に積もった埃を舞いあげる
おれたちはまぬけ野郎だ
まだ飯が食えるとは驚きだ