Bob Dylan対訳集 | Song index | Album index

 

 

Blood On The Tracks 1975

アルバム・コメント 

Side A
1. Tangled Up In Blue
2. Simple Twist Of Fate
3. You're A Big Girl Now
4. Idiot Wind
5. You're Gonna Make Me Lonesome When You Go

Side B
1. Meet Me In The Morning
2. Lily, Rosemary And The Jack Of Heart
3. If You See Her, Say Hello
4. Shelter From The Storm
5. Buckets Of Rain

 

 

 

 

 

 

 これはもう誰がどこから見ても、限りなき名盤でしょう。私も'70年代のディランの中からどれか一枚と言われたら、迷わずこのアルバムを選びます。ザ・バンドとのコラボレーションである前作「Planet Waves」が適度なウォーミング・アップだったとしたら、このアルバムはそれによって導かれた実り多き果実であったかも知れません。多少ならずとも、酸いも苦いもある果実ですが。

 この稀有なアルバムの制作に多大な影響を与えたのは、当時74歳だったノーマン・レーベンという一人の美術教師でした。ディランは彼のもとで二ヶ月間絵画を学び、その結果「あの日以来、妻は自分を理解しなくなった」という内的な変化を経験したようです。そこから獲得されたものは、ディラン自身が言うところの「無時間のテクニック」、あるいは、'60年代の作品で無意識にやっていたことを意識的にやれるようになった、と語っているようなスタイルでした。非常に視覚的で心理的、そして豊饒なイメージによって語られる物語組曲ともいえるこのアルバムは、そのような土壌から生まれたわけです。

 このアルバムは当初ニューヨークで録音されたものが、発売直前にディランによってストップがかけられ、いくつかの曲が、その後ミネアポリスで録音し直されたテイクに差し替えられました。曲によっては異なるその二つのテイクを聴き比べると、歌詞もだいぶ変更されて、何より初期のテイクが非常にパーソナルで感情が露わにされたものであるのに対して、アルバムに収録されたテイクの方はもっとワイルドで突き放したサウンドになっていることが、ディランの曲作りの過程と併せて興味深いように思います。

 よくディランは自分の作品を私的な出来事と重ね合わせられることに対する不快感を口にしていますが、私もそれに共感します。確かにこのアルバムは、離婚という一連の私的な出来事から起因したものだろうしそれを否定するわけではありませんが、それはあくまでキッカケに過ぎず、私たちがアーティストから受け取るものはそこにある普遍的な感情や精神といったものであって、それとアーティストの私的な出来事とは分けて考えるべきだと思うからです。手前味噌ですが、かつて私のある友人が言った「アーティストというものは、見てもいいけど、触っちゃいけないんじゃないか」という言葉はけだし名言だと思います。ここでのディランがそうであるように、個人的な体験を普遍的なものへ抽出して差し出すことが出来るのが、真の表現者といえるのでしょう。

 個々の作品については、改めて言う必要もないと思います。すべてが粒より、珠玉の名品集と言い切って構わないでしょう。あとは実際にレコードを聴いて、音楽の持つ豊かな力にしばし身を委ね、そこから各人がそれぞれのやり方で何かをつかんでもらえたら、と思います。

 最後にディランのこんな言葉を引用しておきましょう。

 告白的な歌は書かない。感情というものとそれとは関係がない。ただそう見えるだけだ。ぼくとおなじ経験をしたことのない者たちにとってのみ、ぼくは神秘なんだ。

 

 前述した初期の別バージョンを含むアウトテイクは、「Biograph」に You're A Big Girl Now と未発表の素晴らしい Up To Me が、「Bootleg Series vol.1-3」に Tangled Up In Blue 、Idiot Wind、If You See Her, Say Hello、そして Meet Me In The Morning の初期形ともいえる痛ましい Call Letter Blues が、また'97年に発売された「The Best Of Bob Dylan」に Shelter From The Storm が、それぞれ収録されています。どれもアルバム・テイクと比べても遜色のないほどの素晴らしいテイクです。

 

目次へ

 

 

 

 

 

Tangled Up In Blue

 

 

 ある朝はやく 陽はすでにのぼり おれはベッドで横になったまま すっかり変わっちまっただろうか、いまでも赤毛のままだろうか、と女のことを考えた 彼女の両親は 二人がいっしょになっても苦労するだけだ、と言ったものだ お袋さんの手縫いの服には見向きもしないし 親父さんの銀行預金も知れたもの おれは道端に立ちつくし 靴は降りしきる雨でびしょ濡れ 東海岸へと向かったおれは 切り抜けるために とにかく払うべきものは払った ブル−にこんがらがって

 

 二人が出会ったとき 彼女は結婚していたが じきに別れる運命だった おれは彼女を窮地から救い出したわけだが すこしばかり手荒だったかも知れない おれたちは全速力で車を走らせ 西部でそいつを乗り捨てた 二人が別れたのは暗く哀しい夜のこと 互いにそれが最良の道だと納得して 彼女がふり向いて見たとき おれはすでに立ち去るところだった 肩越しに彼女の言うのを聞いた “どこかの通りであたしたち、またいつか会うわ ブルーにこんがらがって”

 

 おれはグレート・ノース・ウッズで仕事を見つけ 臨時雇いのコックとして働いていたが ちっとも好きにはなれず ある日、とうとう首を切られた そこでニュ−オ−リンズまで流れていき デラクロワの沖で しばらく漁船の仕事にありつくことができた だが、ひとりでいたその間もずっと 過去はぴったりとついてきて 女は山ほど見たが 彼女をこの胸から追い払うことはできなかった そしておれはますます ブル−にこんがらがっていった

 

 いかがわしい酒場で彼女は働いていた ビ−ルを飲みに入ったおれは スポットライトに眩しく浮かびあがる彼女の横顔を見つめていた やがて客がまばらになり 俺も腰をあげようとしたところ 彼女がおれの椅子の後ろに立っていて、言った “あんたの名前、何だったかしら?” おれは息の下で何か呟きかけ 彼女はおれの顔の皺をまじまじと眺めた 少しばかり不安な気持ちを覚えたのは確かだ 彼女がおれの靴ヒモを結ぼうとかがみこんだとき そいつはブル−にこんがらがっていたから

 

 彼女はストーブの火口に火をいれ おれにパイプをすすめ そして“挨拶もしない人なのね”“無口なタイプらしいわ”と言った それから一冊の詩集をひらき おれに手渡した 13世紀のイタリアの詩人が書いたものだ そのことばのひとつひとつが真実(まこと)のように響き 燃える石炭のように輝き めくられるすべての頁が おまえに宛てて おれの魂に記されたことばのように思えた ブル−にこんがらがって

 

 おれは仲間と一緒に モンタギュ−街の階段を下りた地下室で暮らしていた 夜にはカフェで音楽が流れ 革命の気配があたりに漂っていた そして男は奴隷と取引を始め 彼の中で何かが死んだ 女は持ち物すべてを売り払い 内部が凍りついてしまった やがて、ついに底が抜けるに至って おれは自らのの内に退き ただ分かっていることといったら やってきたことをやり続けるだけだ 鳥が空を翔ぶように ブル−にこんがらがって

 

 かくしておれはもういちど なんとかして彼女を取り戻そうとしているところ かつて二人が知っていた連中はぜんぶ いまのおれには幻に過ぎない 数学者もいた 大工の女房もいた どんなふうに始まったか分からない 連中がどんな暮らしをしているのかおれは知らない おれはといえば いまだにさすらいの身 なにかべつの接点を探している 二人はずっとおなじ気持ちでいたんだが きっとそれぞれ別の角度から見ていたんだな ブル−にこんがらがって

 

 

目次へ

 

 

 

You're A Big Girl Now

 

 

ふたりの会話は楽しく あっという間で
ぼくをすっかり夢中にさせた
ぼくはどしゃ降りの中へともどり
ああ、きみは乾いた場所にいるんだ
とにかく うまくやったものさ
まったくきみは大した女性だよ

 

垣根にとまっている
鳥が見える
何の見返りもなく
ぼくに歌を聞かせてくれる
ぼくもあの鳥みたいなものだ
ああ、きみのためにだけ歌っているのが
聞こえたらいいのだが
涙にくれて歌っているのが

 

時はジェット機のようなもの
あまりに早く過ぎてしまう
ふたりが分かち合っていたものが 長続きしないのだとしたら
残念で仕方ない
ぼくはきっと 変わってみせよう
ああ、きみができることも見せてくれ
ぼくはやり遂げてみせる
きみもできるはずだ

 

愛がとても単純なものとは
よく言われることだ 
きみはそれをいつも知っていたし
ぼくは最近学びはじめた
おお、きみをどこで見つけられるか知っているさ
ああ、誰かさんの部屋にいるんだ
それはぼくが払わなくてはならない代価のようなもの
きみはいつだって大した女性だ

 

天気の変わりやすいのは
よくあること
だが中流で馬を乗り換えても
何になるっていうんだ
ああ、まるで胸につかえたコルク栓みたいに
断続的に続くこの苦しみで
ぼくはおかしくなってしまいそうだ
ふたりが別れてからというもの

 

 

目次へ

 

 

 

Idiot Wind

 

 

誰かがでっちあげてマスコミに流した話だ
どこの誰だろうと 早いとこやめてくれないかと願うしかない
やつらの話じゃ おれはグレイなる男を撃って
そいつの女房とイタリアヘトンヅラしたそうだ
女は百万の遺産を相続して
死んだんで それがおれのものになった
運がいいなら仕様がない

みんなはおれに会うと いつも
どんなふりをしたものかと困惑している
あいつらの頭ん中は 馬鹿げた思いつきや空想や
ねじ曲がった事実でぎっしりだ
きみでさえも きのう
ほんとうのところはどうなの? とおれに訊く始末
長いつきあいなのに 信じられなかったぜ
どこかの尻軽女よりましな程度しか分かっていなかったとは

白痴風が きみが口を動かすたびに吹き抜ける
南へ向かう田舎道を吹き抜ける
白痴風が きみが歯を動かすたびに吹き抜ける
きみはまぬけ野郎だ
まだ息の仕方を知っているとは驚きだ

 

占い師のところへ駆け込むと
カミナリに当たるかもしれんから用心しろと言われた
安らぎと静けさから おれはずいぶんご無沙汰だったので
いまではどんなものだか忘れてしまった
十字路に兵隊がひとりさびしく立っている
貨車の扉から煙がもうもうと立ち昇っている
そんなことがあろうとは 予想もつかなかったろうが
連戦連敗の負けがこんだあとで
とにかく最後に やつは闘いに勝ったのだ

道端でおれは
わけの分からない白昼夢から目が覚めた
きみの栗毛の雌馬の幻が
おれの頭を撃ち抜き めまいを起こさせる
きみはおれの最愛のひとたちを傷つける
真実を嘘で覆い隠す
いつの日か きみはドブに落ちて
蠅がきみの目のまわりをぶんぶんとうなり
きみの鞍は血で汚れるだろう

白痴風が きみの墓石の花を吹き抜ける
きみの部屋のカーテンを吹き抜ける
白痴風が きみが歯を動かすたびに吹き抜ける
きみはまぬけ野郎だ
まだ息の仕方を知っているとは驚きだ

 

おれたちを引きずり倒したのは引力で
引き裂いたのは運命だった
きみはおれの檻の中のライオンを飼い慣らしたが
心の中まで変えることは敵わなかった
いまやすこしばかり混乱気味で
車輪が止まってしまったのは紛れもない事実
良かったことが悪く 悪かったことが良い
てっぺんまであがってみたら それがどん底だと分かるだろう

儀式の途中でおれは きみの汚いやり口が
とうとうきみを盲にしてしまったのだと気がついた
もうきみの顔は思い出せない
きみの口は変わってしまったし 目はもはやおれを見ようともしない
日曜日に黒衣を着た牧師が
建物が燃えているのに無表情で坐っている
春が秋へと変わるまでの長い時間を
おれは糸杉の木のそばの踏み板の上で きみを待ち続けたのだが...

白痴風が グランド・クーリー・ダムから国会議事堂まで
おれの髑髏(しゃれこうべ)をなぞるように吹き抜ける
白痴風が きみが歯を動かすたびに吹き抜ける
きみはまぬけ野郎だ
まだ息の仕方を知っているとは驚きだ

 

もうきみを感じられない
きみが着ている服に触れることもできない
きみのドアの前を這うようにして通り抜けるたびに
自分が別の誰かであったらいいのだがと念じている
あのハイウェイを 果てしない鉄路を
忘我に至る道のりをずっと
きみの思い出と荒れ狂う華やぎに駆り立てられて
おれは星空の下 きみを追った

とうとう最後の土壇場まできて
おれは裏切られ やっと目が覚めた
きみとおれを分かつ国境線上で吼えている獣に おれはさよならのキスをした
きみには分かるまい おれが負った痛手も
おれの心にある苦しみも
そしておれもおなじように きみの尊さや
思いやりが分からないのだろう
それがほんとうに残念だ

 
白痴風が 二人のコートのボタンを吹き抜ける
二人が書いた手紙の間を吹き抜ける
白痴風が 二人の棚の上に積もった埃を舞いあげる
おれたちはまぬけ野郎だ
まだ飯が食えるとは驚きだ

 

 

目次へ

 

 

 

Shelter From The Storm

 

準備中...

 

 

目次へ

 

 

 

If You See Her, Say Hello

 

 

もし彼女に会ったら、タンジールにでもいるはずだが、よろしく言ってくれ
去年の早春にここを立ち そこで暮らしていると聞いた
まだ何かとすんなりとはいかないが 元気にしていると伝えてくれ
ぼくが彼女のことを忘れてしまっていると思っているかも知れないが
そうじゃないとは言わないでくれ

 

恋人たちがよくするように ぼくらも仲違いをしてしまった
彼女があの晩、どんなふうに出ていったか考えると
いまもぞっとするほどだ
二人の離別-----それがぼくの心を突き刺すが、それでも
彼女はいまもぼくの中にいて ぼくらはまだ別れちゃいない

 

もし彼女と親しくなったら ぼくからのキスを送ってくれ
彼女の自由奔放さを ぼくはいつも尊敬していた
ああ、彼女が仕合わせになるのなら ぼくは邪魔立てなどしまい
たとえ彼女を引き止めようとしたあの夜から
苦い後味が消えずにいても

 

あちこちをさまよい たくさんの人に会った
町から町へと行く先々で 彼女の名を耳にした
だがどうしてもこればかりは馴染めない やっと耳をふさぐことを覚えただけ
ぼくは過敏なのか やわらかくなっていくかのどちらかなのだ

 

日没 黄色い月 ぼくは過去を反芻する
あまりに早く済んでしまったあれらの場面を ぼくはすべて暗記している
もし彼女がこの道を戻ってくるのなら ぼくを見つけるのはたやすいこと
彼女に時間があるならば
訪ねてきても構わないと伝えてくれ

 

 

目次へ

 

 

 

Buckets Of Rain

 

 

バケツ一杯の雨 バケツ一杯のなみだ
バケツの中身が この耳からあふれ出す
バケツ一杯の月光を手に
愛はぼくのもの 待ってておくれ

 

ぼくは樫の木のようにかたく しなやかだった
すてきな人々が煙のように消えていくのを見てきた
ともだちは現れ また消えていく
ぼくが欲しいなら ここにいるよ

 

きみの指先と きみの微笑みが好きだ
きみが唇をうごかすさまが好きだ
そしてぼくを見るときの冷たい素振りも
きみのすべてがぼくを惨めにさせる

 

ちいさな赤いくるま ちいさな赤いバイク
ぼくは猿じゃないが 自分の好きなものくらいは知っているさ
ゆっくりと力強い きみの愛し方が好きだ
行くときはきみもいっしょだよ

 

人生は悲しい 人生は空騒ぎ
できることは しなくちゃならないことだけ
しなくちゃならないことをするから うまくやれる
きみのためにするよ 分かるだろう?

 

 

目次へ

 

 

 

Bob Dylan対訳集 | Song index | Album index

 

banner