問題作の「Self
Portrait」からわずか4ヶ月後、困惑していたファンの元に急遽届けられたこのアルバムは、「いつものディランが帰ってきた」と手放しで迎えられ、一般的にも充実の復活作とされていますが、私はちょっと違う印象を持っています。ごく簡潔に、ひとことで言うならそれは、日溜まりの中の蝉の脱け殻、といった感じでしょうか。
ジョージ・ハリスンやオリビア・ニュートン・ジョンなどのカバーでヒットした
If Not For You
は、まあ軽快なラブ・ソングだけど、ジョージにあげちゃえばってな程度の曲だし、アルバム・タイトル曲の
New Morning もどこか無理が見えるし、ビート詩人風の朗読曲
Three Angels
も中途半端な出来で、スキャットを加えたジャズ風の奇妙な
If Dogs Run Free
に至っては、まるで学園祭のお粗末な前衛劇といったところ。
ディランは世間を得心させる、おそらく「Blonde On
Blonde」のようなサウンドを狙ったのだけど、うまくいかなかった。何かが変わってしまった。できあがった音は、ただかつての自分を恐る恐るなぞってみただけの、力のない空虚なコピーのような音楽。そしてディランは実質、このアルバムの後、73年の「Planet
Waves」まで沈黙を続けることになります。
とはいってもそこはディラン、腐っても鯛、なかなかいい曲も幾つか入っていて、伸びやかでちょいとHな
The Man In Me
は、このアルバムの中ではいちばん輝いている名曲ではないかと思います。また、さびしい心像風景を歌った
Sign On The Window
は等身大の告白としてちょっぴり胸に来るものがあるし、Father
Of Night
の奇妙に不気味なピアノの響きも捨てがたい。それと可憐なワルツ調の
Winterlude なども、個人的に結構好きなのですが。
実は後日談として、当初はこのアルバムのバックにあのロジャー・マッギン率いる
The Byrds
が予定されていたという話もあるのですが、もし実現していたらどんなサウンドになっていたのでしょうか。聞いてみたかった気もします。
この頃のディランは子供もじゃんじゃん生まれて、家庭的に幸福な時期であったように思います。あの名作「Blood On The
Tracks」が家庭崩壊のさなかに作られ、その後宗教的世界へと突っ走っていくディランの姿を思い起こすと、やはり名作と苦悩は切り離せないものなのかとやや複雑な気持ちも覚えたりします。
ニンゲン、いつもギンギンでもいられない。幸せな時があったっていいじゃねえか。そんな風に見るとこのアルバムも、朝起きて牛乳を飲むような、軽快で健康的な田舎生活のハッピー・ソング集のようで、それはそれで楽しめる一枚だとも思うのです。
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