しょっぱなから詰まらないジョークで申し訳ないのですが、このアルバムのジャケット、一部の巷では「倍賞美津子」と呼ばれているそうな。はっはっは、と私もつい笑ってしまいました。
あの偽善的なお祭り騒ぎ「We Are The
World」(シンディ・ローパーとディランのボーカルは良かった)や「Live
Aid」(ヤク中患者のようなキースも見事だったけど、演奏より「アメリカの農民も救おう」と言ったディランの「発言」が粋だった)の一連の催しで世界中が浮かれ、ライオネル・リッチーなどが大ボケをかましていたイベントの頃に発表されたアルバムです。
はじめに一聴したとき、前作「Infidels」があまりに締まった音作りだったためか、何だこりゃ、「Infidels」のお粗末なアウト・テイク集じゃないか、と思ってしまいました。ヒップ・ホップの雄だか何だか知らないが、アーサー・ベイカーの音作りは、いかにもチープなクリスマスの飾り付けのようで、音もスカスカの隙間だらけ....
しかしこのアルバム、私は作品としては結構いいものが入っているアルバムだと評価しています。
Seeing The Real You At Last や Clean Cut Kid
は、踊り出したくなるような小粋なリフが効いているし、I'll
Remember You や Emotionally Yours
のラブ・ソングはこれまでのディランにはなかったようなポップでシンプルな新鮮味があるし、ブルージィな
Trust Yourself
や、そして久々に生ギターの弾き語りによる
Dark Eyes
なども、実に深い味わい。大作の When The Night Comes Falling
From The Sky
も、やや大袈裟な面構えのような気もするけれども、なかなかに聴かせてくれます。
おそらく狙いとしては、前作「Infidels」で不評だったキリスト教三部作の宗教色にとりあえず区切りをつけて、カラフルでポップでいい意味で大衆受けのするような作品を、ということでのアーサー・ベイカーの登用だったと思うのだけど、残念ながら完全にミス・マッチでした。ああ、いっそ私がプロデュースをしたかった....
願わくば、誰が別の人の手でもう一度リミックスし直して、再発売して欲しい。そうすれば充分、「Infidels」と並ぶような80年代の充実作となるだろうと思います。その意味では、まことに不運なアルバムでした。
さて、このアルバムからは Tight Connection To My Heart
がシングル・カットされ、プロモーション・ビデオの撮影が日本で行われたのも話題になりました。佐野元春などの日本のアーティストも撮影に参加したそうですが、出来上がった映像は、何やら似合わない野球帽を被ってへらへらと踊っているディランの姿が痛々しいような代物でした。
アウト・テイクは現在のところ正式なものは出ていませんが、When
The Night Comes Falling From The Sky
を何とスプリングスティーンのEストリート・バンドのメンバーをバックにスタジオ録音した別バージョンが「the bootleg series
vol.1-3」に収録されていて、天駆ける野生馬のようなスリリングな演奏が素晴らしいテイクです。
また前述のシングル曲の Tight Connection To My Heart
は、「Infidels」のセッションの時のものが
Someone's Got A Hold of My Heart
というタイトルで同じく「the bootleg series
vol.1-3」に収録されていますが、テンポを下げたゆったりしたアレンジで、ディランの歌い方もとても繊細かつ優美で、私はこちらのテイクの方が好きです。
そうそう、アルバムの方ですが、バックにはトム・ペティ一家のハートブレイカーズの面々が参加していて、ソツのないサポートをしてくださっております。ベモント・テンチあたりにプロデュースを任せとけば良かったのになあ.....と、まだしつこく言ってますが。
最後の最後。お粗末な「Live
Aid」の後に行われた、トム・ペティらを従えた「Farm
Aid」の演奏は、実に気迫のこもった最高のステージでした....
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