いやいや、このCD3枚組・全58曲にもおよぶ大量のアウト・テイク集がいきなりドンと発売されたときは、私などは狂喜してそれこそ飛び上がらんばかりでした。しかもそのほとんどは、オリジナル・アルバムに収録された曲と比べても遜色のない質の高い未発表曲で、なかにはどうしてこんな曲が埋もれていたの?
と首を傾げてしまうような名曲もかなりあり、まあ、ディラン・ファンならオシッコちびっても致し方ないほどのビック・プレゼントでありました、ホントに。
要約するとDisc-1 がデビューの'61年から'63年まで、Disc-2
が'74年まで、そしてDisc-3
が'89年までと年代順に並べられた膨大な、橿原考古学研究所も真っ青な特別埋蔵品の数々。もともとディランは多作な人で、多くの海賊版なども出まわってはいるものの、貴重な音源が正式の形でこれだけまとまって出されると、やはり度肝を抜かれます。そして生きている間にこれらの音源の公表を許可した、ディランの心境の変化にもまた興味を覚えます。
素朴な初期の弾き語り曲や、ウディ・ガスリーを題材にした魅力的なポエム・リーディング、「Highway 61
Revisited」前後のスリリングなアウトテイク、あるいはザ・バンドやジョージ・ハリスンとの交流、傑作「Blood On The
Tracks」の別テイクなど、どれも興味深い音源ばかりですが、個人的には一般に評価の低い'80年代の驚くほど充実した未発表作に感慨を覚え、このあたりはディランの試行錯誤といったものを感じるようにも思います。
以下に、発売当時に書いたこのアウトテイク集に関する拙い文章の一部を再録しておきます。
この世でギターをもって歌うことしか能のない男が、30年間ただひたすら曲を作り歌い続けてきた、そのアンダーグランドの記録。
フォーク時代の素朴な未発表曲から、覇気に満ちた'60年代名曲の別テイク、試行錯誤の未完成曲、多彩なミュージシャンたちとの交流、そして'70年代から現在に至るまで発表されずに埋もれてきた、興味深く刺激的な作品の数々。その間に流れ過ぎていった30年という歳月と、そこに費やされた膨大なコトバの量、イマジネーション、果てしない情熱に想いを馳せるとき、ぼくらは思わず圧倒されずにはいられない。
'60年代の初期にフォーク・ソングの台頭に乗ってプロテスト・シンガーとして登場したディランは、'60年代後半にはビートルズと並ぶロックの革新的なリーダーと言われ、その後、伝説に満ちた隠遁者、カントリー&ポップ・シンガー、豊饒なストーリー・テラー、ジプシー歌手、キリスト教伝道者、世界の崩壊を嘆く悲痛なブルース・シンガーと様々な変遷を重ねてきた。
だがここに集められた58曲の作品を聞くと、昔も今も、彼は変わらない歌を歌っているのだということが分かるだろう。例えばそれは怒りの涙や土埃の風、燃える石炭のような熱気とか、北国の懐かしい恋人とか、スミレの花といったようなものだ。そして風に吹かれながら転がり続け、あるいはひと連なりの夢のなかを漂うようにして、30年間の間に500以上もの曲を作り、歌い続けてきた。
で、結局、それは何だったのかといえば、つまり「音楽の魔法を信じている」ということなのだとぼくは思う。
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