'97年のグラミー受賞作「Time Out Of
Mind」以来、実に3年ぶりに発表されたディランのオリジナル新曲を中心に構成されたシングル特別企画。
その Things Have
Changed
は、カーティス・ハンソン監督、マイケル・ダグラス主演の映画「ワンダー・ボーイズ」のサントラ収録曲で、ライナーによると、かねてからディラン・ファンだった監督に請われ、編集段階の映画を見たディランが書き下ろしたものだそうです。
そのため、歌詞の内容は映画のストーリーとも連結しているのかなという気もしますが、映画自体を知らなくとも充分に楽しめるし、全体から匂い立ってくる実にクールなアウトロー的雰囲気は皮肉も効いていて、思わず先日ビデオで見た冷戦時代のチェコを舞台にした映画の中の「現代は憂鬱でいることが最大の幸せであるような時代だ」という主人公の言うセリフを思い出しました。
サウンドの方も、あのチャーリー・セクストンがギターに加わったニュー・バンドでの録音で、アコースティックを基調として、ひたすらシンプルかつ絶妙。とくにマイナー・コードのブルージィな曲調は、夜霧の中を歩み去っていく石原裕次郎か小林旭かってくらいで、いやまあともかく、実にしぶくて格好いいんだわ。
今年2000年の夏以降にニュー・アルバム発表の噂もあるディラン。この調子なら、まだまだ墓石に名前を刻む日までやってくれそうです。俺もその日までしっかりハードにつきあうぜ。
以下、その他のおまけライブ曲について短いコメントを。
Higlands は「Time Out Of
Mind」のアルバム最後に収録されていた10分以上ものひたすら長く抽象的なモノローグ。一説ではタイトルの
Higlands
は18世紀のスコットランドの詩人、ロパート・バーンズの詩編からの由来とか。スタジオ録音のオリジナルと違い、ここではこれまでさまざまなライブで歌い継がれ熱狂されてきたあの長大な現代詩
It's Alright,Ma (I'm Only Bleeding)
のような観客との臨場感に溢れるホットな掛け合いが聞き所ですが、私などはどこか、ビール腹で膨れた晩年の憂鬱なケルアックの亡霊が21世紀に出現して新しい涅槃経を唱えているような錯覚さえ覚えます。ディランならでは、の一曲でしょう。
ついで二曲目は
Blowin' In The
Wind。あまりにもクラッシックで、メーデーの日に歌われる(かどうか知らないが)労働歌のような手垢にまみれて、その素朴な味わいがどちらかというとマンネリに陥ってしまいがちのこの曲も、このライブでの演奏は、その力強く印象的なリフとハーモニカ演奏が結構感動的で、こうした古い曲を生まれたての曲のような瑞々しさで蘇生させるディランのいつまでも錆びつかない感性はやはり傑出していて、唸ってしまいます。
最後の Make You Feel My Love
は、これも「Time
Out Of
Mind」にさり気なく収録されていた、オリジナルではつましいピアノの響きが耳について離れない「純朴な農夫の賛美歌」。ここではバッキー・バクスターの流れるような叙情味溢れるスティール・ギターと裸のディランの歌声が涙ちょちょ切れの秀逸ライブです。ディランは何も難解な歌詞がメインなのではない、ほんとうに響いてくるのは「胸にずしんと来る」あの感情なのだということを証明している素晴らしい演奏だと私は思います。
というわけでタイトル曲以外でもなかなか腰の据わった、充実のスグレモノ企画とお見受けしました。この内容なら、マニア以外の人が聴いても結構堪能できるのではないでしょうか。なお、タイトル曲は同時に発売された「The Best Of Bob Dylan
vol.2」にも収録されています。