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Time Out Of Mind 1997

アルバム・コメント 

Side A
1. Love Sick
2. Dirt Road Blues
3. Standing In The Doorway
4. Million Miles
5. Tryin' To Get To Heaven
6. 'Til I Fell In Love With You
7. Not Dark Yet
8. Cold Irons Bound
9. Make You Feel My Love
10. Can't Wait
11. Highlands

 

 

 

 

 

 

 これはとても“胸につまる”ような音楽です。そしてとてもリアルで、複雑な感情が入り交じった豊かな感性が脈打っている、そう、何に喩えたらいいでしょうか、まるで原始の仄暗い林の深奥で幻のキノコが人知れずぼうっと光をたたえているような、そんな奇妙で胸に沁み入るような作品群たち。

 また、この長い旅を続けてきた年老いたアーティストはここへきて、自らの老いと死を赤裸々に冷徹に見据えているようです。かれのファースト・アルバムも思えば死の想念が色濃いものでしたが、ここでは死はもっと緊密でゆったりとした親密さに囲まれているようです。怯えたり抗うものではなく、静かに受け入れ共に歩んでいくような存在として...

 はじめてこのアルバムを耳にしたとき、悲しみとも愁いとも何とも形容し難い仄暗さを持った不思議な響きにまず、全身をからめとられたような気持ちになりました。けれどもそれはけっして嫌な暗さではなく、むしろ心根の底で静かに共鳴し合うような親しみと温もりのある音でした。

 幾日かして忘れもしない、飛鳥へ向かう車の中で Tryin' To Get To Heaven が流れてきたときに、まるでレイ・チャールズの魂が午前の光の中を漂っていくようだと思いました。ディランがコンサートでもよく歌っている That Lucky Old Sun を歌うレイ・チャールズの、あの荘厳な光に包まれた孤独な魂です。ハンドルを握りながらひとり、私は泣き出さんばかりでした。あのときの感情を言い表すうまい言葉を、私は残念ながら持ちません。あえて言うならそれは“突き進んでいく”、あらゆる感情の果てまで突き進んでいく、そんな得も言われぬ無言の決意のようなものでしょうか...

 

 私のアルバムを聴く人の中には、歌詞だけを取り上げてあれこれ批評する人がかなりいるようだが、この新作は音楽を聴いて欲しいと思っている。詩を分析するのではなく、演奏そのものを聴いて欲しい。頭で考えるよりも、心で感じて欲しい。

 

 国内盤を待てずに輸入盤を先に買ったためにはからずも、このディランのコメントに沿う形で私は当初、サウンドのみに耳を傾けていました。一月ほどして国内盤を買った友人から送ってもらった対訳の歌詞を目にしたとき感じたのは、紙に書かれた言葉よりももっと多くの意味がこのアルバムにはあり、自分はそれを聴いていたということです。ディランは一般的に音楽よりもその歌詞が重要とされる向きがありますが、実はそうではないのです。かれの音楽の真の源泉はそんな言葉以前の何か、人の心にまっすぐに食い込んでくる素朴でストレートな音楽そのものであることが、このアルバムを聴いてもらったらきっと分かるだろうと思います。

 繰り返しになりますが、ここにあるのはレコードという媒体に記録されたこと自体が非常に希有な、死に行く存在としての人間の精神の深みに降り立った地平で歌われる、とてもリアルで豊かなある種の感情です。まるで人の脳ミソの中身を床一面にぶちまけたような、悲しく、懐かしく、狂おしい、そんなつましい息づかいです。いまにも消えてしまいそうなそんなぎりぎりの淵に立ってもう一歩を踏みこらえながら、内へ内へと沈潜していくことによって消耗されたり無感覚にされてしまうことに抗い、後ろ向きに鈍い光を放ちながら何かを取り戻そうと懸命に試みている、そのような一種痛ましくも不敵な精神の身振りのように私には聴こえます。

 何もアーティストに限らず、人は誰であれ生ある限り自らのつましい心の歌を歌い続けるものだし、その年齢でしか歌えない歌というものがあるはずです。そして何より50歳という年齢を遙かに超えたいまもなお、一人のアーティストとしての個に徹し歌い続けるディランの姿勢に、私はある種の感慨を禁じ得ない深い誠実さを感じ、たとえどんな形であれ、一個の素朴なファンとしてこの先もかれの音楽を聴き続けていこうと思っています。

 あの映画「Don't Look Back」で若かりしディランが間抜けな新聞記者をやりこめ、「ひとつだけ確かなことがある。それは俺もあんたも、いつかは死ぬという事実だ」と言った場面が鮮やかに蘇ってきます。ディランははじめから何ひとつ変わらないし、変わろうともしていない。いつもかれの底にあるのはそんな頑固なまでの素朴な問いと、それを持ち続けるひたむきさではないでしょうか。私はディランのそんなところがとても好きです。

 最後ですがこのアルバムは、'80年代の珠玉の名作「Oh Mercy」と同じダニエル・ラノアをプロデューサーに迎え、'97年1月にマイアミのスタジオで11日間のレコーディングを行い録音され、ご存じの通り翌年の第40回グラミーで年間最優秀アルバム賞・最優秀男性ロック・ポーカル賞・最優秀コンテンポラリー・フォーク・アルバム賞を受賞、授賞式でアルバム冒頭の Love Sick が演奏されました。

 

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Love Sick

 

 

死に絶えたような通りを歩く
おまえのことを考えながら歩く
足は疲れ果て
脳みそはささくれ立ち
雲も泣いている

誰かが偽りを言うのを聞いたのか
誰かが遠くで泣くのを聞いたのか
夢の中で
わたしは子どものように話し
おまえはその微笑みで わたしを破滅させた

愛にはうんざりなのに 抜け出せない
こんな愛には もううんざりだ

 

草原にいる恋人たちが見える
窓に映ったシルエットが見える
かれらが立ち去ると わたしはひとり
暗闇に宙吊りにされ 取り残される

愛にはうんざり-----時計の針の音が聞こえる
こんな愛など-----わたしは恋を患う男

 

ときどき 静けさがまるで雷のようになる
ときどき 旅に出て略奪でもしたくなる
おまえが誠実だったことなどあったろうか?
おまえのことを考え いぶかる

愛にはうんざり-----おまえになど出会わなければよかった
愛にはうんざり-----おまえのことなど忘れちまおう

 

もうどうしたらいいのか分からない
おまえといっしょにいられるなら
何でもくれてやるさ…

 

 

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Tryin' To Get To Heaven

 

 

何やら暑くなってきた 空もごろごろ鳴っている
ほとんど目を血走らせて
ぼくは深い泥水の中をどうにか渉ってきた
日ごと きみの思い出はうすれていき
もう以前のように ぼくを悩ますこともない
ひどく辺鄙な土地をさまよい歩きながら
扉が閉められる前に 天国へたどり着こうとしている

 

ミズーリーにいた時には みんなが放っておかなかったから
ぼくは慌ててそこを離れるしかなかった
ぼくが見ることが出来たのは 連中が見せてくれたものだけ
きみは自分を愛している人たちの心を傷つけ
いまではもう 本を閉じ 書くこともしない
そしてぼくは淋しい谷間をさまよい続けながら
扉が閉められる前に 天国へたどり着こうとしている

 

ホームで人々が列車を待っている
まるで鎖につながれた振り子のように
かれらの鼓動が脈打つのがぼくには聞こえる
すべてを失くしてしまったと思うとき
いつだって まだもう少し失くすものがある、と気づくものだ
ぼくはひどい気分でこの道をたどりながら
扉が閉められる前に 天国へたどり着こうとしている

 

川を下って ニューオーリンズまで行けば
誰もがぼくに「何もかもうまくいくさ」と言うが
それがどんな意味なのかすら ぼくには分からない
いつだったか、ミス・メリー・ジェーンと馬車に相乗りしたことがあったな
ボルチモアに家を持っているあのミス・メリー・ジェーンだよ
そう、世界中をあちこち旅したものだが
いまは扉が閉められる前に 天国へたどり着こうとしている

 

特等室でひと眠りして この夢を解き放ってやろう
目を閉じてふと すべては実体のない幻のようなものではないかとも思う
かつてのような夜中の放浪者や
ばくち打ちは乗せない列車もある
甘い蜜の滴る町へ行って 金をまきあげたこともあったけれど
いまは扉が閉められる前に 天国へたどり着こうとしている

 

 

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Not Dark Yet

 

 

ひねもすぼくはここにいて そろそろ日も陰ってきた
眠るには暑く 刻(とき)は流れゆく
ぼくの魂はまるで鋼にでもなってしまったかのよう
太陽が癒せなかった心の傷がまだ残っている
どこにも 自分の居場所さえない
まだ真っ暗闇ではないが そうなりつつある

 

ぼくの人間的な感性は下水溝へまっしぐら
あらゆる美しいものの背後には ある種の痛みがあるもの
彼女はぼくに手紙をくれた------心からの手紙を
彼女は自分の気持ちをそこに綴ってくれた
何がいまだ気がかりなのか 自分でもよく分からない
まだ真っ暗闇ではないが そうなりつつある

 

ロンドンへも行ったし 陽気なパリへも行った
川をたどって 海へも出た
偽りの渦の底へ行ったこともある
誰の瞳の中にも何も見つけられないし
ときおり 自分の重荷に耐えきれなくなることもある
まだ真っ暗闇ではないが そうなりつつある

 

心ならずも ぼくはここで生まれ ここで死ぬのだろう
動いているように見えるが ぼくは突っ立ったまま
体中の神経がひどく露わで麻痺している
何から逃れてここへ来たのかすら思い出せない
かすかな祈りのつぶやきを聞くことすらない
まだ真っ暗闇ではないが そうなりつつある

 

 

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Cold Irons Bound

 

 

だれもいないのに声が聞こえてくる
おれは疲労困憊、畑は黒ずんでしまった
日曜に教会で彼女とすれ違った
彼女への想いが消え去るまで まだ多くの時間が必要だ
おれは腰まで深い霧に包まれている
まるでじぶんが存在していないかのようだ
街から20マイル離れて おれは非情な鉄の領域にいる

 

自尊心の壁はたかく果てしなく
じぶん以外のものには盲同然だ
美しさが朽ち果てていくのを見るのはひどく悲しいが
それ以上に悲しいのは おまえの心が離れていくのが分かること
おまえを一目見るだけで おれはじぶんを抑えきれなくなる
宇宙にすっぽり呑み込まれてしまったようになる
街から20マイル離れて おれは非情な鉄の領域にいる

 

思い出すにはあまりにも多くの人々がいる
友だちもいるはずだと思っていたが、思い違いだったようだ
道はがたがた 丘の斜面は泥だらけ
頭上を覆うのは血の雲ばかり
おまえの中に おれはついにじぶんの居場所を見つけたと思ったが
おまえの愛がほんとうだと証明されたわけじゃない
街から20マイル離れて おれは非情な鉄の領域にいる
街から20マイル離れて おれは非情な鉄の領域にいる

 

このシカゴの風はおれをずたずたにしちまう
現実はいつも多くの頭を抱えすぎている
人が思っているよりずっと長持ちするものがある
けっして殺されないものだってあるだろう
それがおまえ おれが考え続けているのはおまえのことだけ
だが内なるものは見えず 外を見るのも難しい
街から20マイル離れて おれは非情な鉄の領域にいる

 

火に油 タンクに水
瓶にウィスキー 銀行に金
大切だったからおまえを愛し 守ろうとした
二人が共にした歓びをおれはぜったいに忘れないだろう
おまえを見ていると おれはひざまづいてしまう
おれに何をしたか おまえには分からんだろうさ
街から20マイル離れて おれは非情な鉄の領域にいる
街から20マイル離れて おれは非情な鉄の領域にいる

 

 

The fat is in the fire..........とんだへまをやってしまった。/面倒なことになった。/のっぴきならない事態になった。/引くに引けなくなった。

 

 

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Make You Feel My Love

 

 

雨がきみの顔に吹きつけ
この世のすべてがきみを悩ませるようなとき
ぼくならきみを温かく抱いてあげられる
ぼくのこの愛を感じてもらうために

 

夕闇と星があらわれる頃に
誰ひとり きみの涙を拭う人がいなかったら
ぼくが百万年でも抱いていてあげる
ぼくのこの愛を感じてもらうために

 

きみはまだ心を決めかねているんだね
でも、けっして悪いようにはしない
二人が出会った瞬間にぼくには分かったんだ
きみが誰にふさわしいかを はっきりと

 

餓えもするだろうし あざだらけにもなろう
大通りを這いずりまわりもしよう
きみにこの愛を感じてもらうためなら
ぼくは何ひとつ厭いはしない

 

逆巻く海と 後悔のハイウェイで
嵐が猛威をふるっている
変化の風向きが 烈しく奔放に吹き荒んでいる
きみはまだ ぼくのような男には会ったことがないはず

 

きみを幸せにしてあげよう 夢をかなえてあげよう
どんなことでもしよう
きみにこの愛を感じてもらうためなら
地の果てにだって ぼくは行こう

 

 

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