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Oh Mercy 1989

アルバム・コメント

1. Political World
2. Where Teardrops Fall
3. Everything Is Broken
4. Ring Them Bells
5. Man In The Long Black Coat
6. Most Of Time
7. What Good Am I ?
8. Disease Of Conceit
9. What Was It You Wanted
10. Shooting Star

 

 

 

 

 

 

 80年代のしめくくりに、ダニエル・ラノアをプロデューサーに迎えニューオーリンズで録音された、渾身、捨て身の一枚。

 ニューオーリンズという土地の仄暗い底なし沼のような地霊が憑依したかのように、ここでのディランは、裸で、深い涙を湛え、そうして無駄な音を削ぎ落としたラノアの絶妙かつシンプルなサポートに支えられて、夢幻能に出てくるおぼろなシテの語りのように、あるいは嵐の夜をさまよい歩く化粧を落とした道化のように、内なる深淵を見据え、またさらけ出しています。

 全編まさに「すべてを脱ぎ捨てた」(Where Tearsrops Fall)50歳間近のロックン・ローラーによる真摯な告白録。強烈な磁力を帯びた不思議な浮遊感の中で、怒りと祈り、絶望と再生、生と死、自問、喪失、勇気、ためらい、さまざまな感情がひとつの大きなうねりとなって突き進んでいくようなサウンド、とでもいったらいいでしょうか。

 あるインタビューで、'80年前後のディランのキリスト教への改宗について聞かれたロン・ウッドが、「あれはボブの、人類のすべての人々に対する愛情のようなものだ」と語っていたのを思い出します。その解釈の是非はともかく、私はこのアルバムは、そのロン・ウッドの言うディランの非常に博愛的な「愛情」がとてもシンプルに美しく、またある種の暗さと危うさを抱えて見事に結実した作品ではないかと思っています。おそらく、アーティストが生涯においてたった一度しか作れない類のアルバムではないでしょうか。

 ジョン・クーガー・メレンキャンプがビデオ・クリップを監督した痛烈な Political World、 忘れがたいバラッドの Where Teardrops Fall、胸を打つ Ring Them BellsShooting Star、底深い喪失の歌 Man In The Long Black Coat、そして懺悔録ともいえる印象的な What Good Am I ? や、切り刻まれた精神を歌った Disease Of Conceit など、すべて充実の作品群。心なしかディランのハーモニカも、全作品中で最も鋭く胸にくい込んでくるような気もします。ぜひ一聴をおすすめします。

 とにかく、このアルバムには何か得体の知れない〈かなしみ〉が地下水のように潜伏していて、それがぼくらの心を直撃する。涙はないのに、見開かれた暗い瞳は泣いている。そんなふうに感じてしまうのは、私だけでしょうか。

 バックにはダニエル・ラノアのほか、ネヴィル・ブラザーズのバンドのメンバーが参加しています。

 アウトテイクは、後にシングル・カットもされた極上の Series Of Dreams が「the bootleg series vol.1-3」と「Greatest Hits vol.3」に、そしてこの時のセッションで録音されたテイクにギターなどをかぶせた人間の尊厳について歌った名曲 Dignity が「Greatest Hits vol.3」にそれぞれ収録されています。

 また、後の「Under The Red Sky」に収録された魅力的なバラッド Born In Time の本セッションにおける別テイクが、近々再発されるリマスター版CDに追加される予定だそうです。

 

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Political World

 

 

おれたちは政治世界に暮らしている
愛の居場所などどこにもありはしない
人が犯罪----面子も何もない犯罪を犯すような時代に
おれたちは生きている

おれたちは政治世界に暮らしている
きらびやかな短冊飾りが垂れ下がり
ウェディング・ベルが響き 天使たちが歌い
地上には雲が垂れこめている

おれたちは政治世界に暮らしている
智慧は拘置所に放り込まれ
独房の中で腐って すっかりいかれちまってる
もはや誰も拾い集めようなんて者もいない

おれたちは政治世界に暮らしている
情けは目隠しで海に突き出した板の上を歩かされる *1
生は鏡に映った鏡像で 死は階段を昇り
近くの銀行へと消え失せる

おれたちは政治世界に暮らしている
勇気はいまや過去のもの
家には幽霊がとりつき こどもたちは何も欲しがらず
明日があんたの最後の日かも知れない

おれたちは政治世界に暮らしている
目に見えるし 感じることもできるものだ
誰も調べないが いかさまだらけ
それが本当だってのは誰もが先刻承知

おれたちは政治世界に暮らしている
孤独な恐怖を抱えた町で
あんたは少しずつ中道をとり始める
だがどうして自分がここにいるのか あんたには解らない

おれたちは政治世界に暮らしている
顕微鏡の中の世界だ
あんたはどこへでも旅して そこで首を吊れるが
いつだって持ってるロープが長すぎる

おれたちは政治世界に暮らしている
そこらをころがり のたうちまわっている
目覚めるとすぐに
見かけは楽な出口を選ぶよう躾られている

おれたちは政治世界に暮らしている
平和などこれっぽっちも歓迎されちゃいない
もう少しばかりほっつき回ってろとばかりドアから背けられるか
壁に架けられるくらいが関の山

おれたちは政治世界に暮らしている
すべては彼か彼女のもの
体制によじ登って神の名を叫ぶが
それが何であるかなど ちっとも分かっちゃいない

 

*1 walk the plank.......(目隠しのまま)舷側から突き出した板の上を歩く : 17世紀頃の海賊の処刑方法

 

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Where Teardrops Fall

 

 

やわらかな風吹く土地から遠く
いづこでもない彼方に
きみの行く場所がある
涙のしずくが落ちるところ

 

荒れ狂う夜から遠く
壁の向こうのさらに果て
きみは光の瞬きを浴びている
涙のしずくが落ちるところ

 

ぼくらはゆっくりとドラムを叩き
おずおずと横笛を奏でた
ぼくの心の唄は知っているはず

薄明が空を塗り変えるとき
月明かりから逃れた暗がりで
どこから始めるべきか教えて欲しい

 

服を引き裂き 杯を飲み干し
ぼくはすべてを脱ぎ捨てた
日が昇り いまきみを想う
涙のしずくが落ちるところ

 

盲目という名の流れに沿って
愛と善意をたずさえ
もしぼくらが巡り会えたなら 祝杯をあげるといい

熱い稲妻が尾を引いている
あの鉄柵を断ち切り
感覚を研ぎすますために 

 

バラは紅く スミレの青
時はゆっくりと動き始める
きみに会いに行くべきかも知れない
涙のしずくが落ちるところ

 

 

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Ring Them Bells

 

 

夢心地の町から
汝ら異教徒よ 鐘を鳴らせ
聖なる場所から
(たに)や川を越え 鐘を鳴らせ
渓は深く 川は広く
それがこの世の風向き
(とき)は逆走し
そして花嫁もまた...

 

風の吹き渡る四辻で
聖ペテロよ 鐘を鳴らせ
(鉄のごとき)不屈の手で鐘を鳴らし
人々に知らしめよ
おお、いまや車輪や鋤(すき)の上で
みんなひしめき合っている
聖牛の背に
陽が沈みゆく

 

かの貧者の子のために
やさしきマルタよ 鐘を鳴らせ
神はひとつなりと 鐘を鳴らし
世界中に知らしめよ
おお、柳のしだれた先で
羊飼いは眠り込んでいる *1
そして山々は
迷える羊で満ちあふれている *2

 

(めしい)や聾(つんぼ)のために鐘を鳴らせ
取り残されたわたしたちすべての者のために鐘を鳴らせ
ゲームが終わったときに他の大勢を裁く
神によって選ばれたわずかな者たちのために鐘を鳴らせ
瞬く間に過ぎゆく時間のために
泣き叫ぶこどものために 鐘を鳴らせ
純真無垢がまさに息絶えんとするそのときに

 

部屋の上座より
聖キャサリンよ 鐘を鳴らせ
咲き誇る百合のために
要塞より鳴らせ
おお、戦線は果てしなく
戦いは激しい
奴らは善悪間の距離を
狭めつつある

 

*1. shepherd.....イエス・キリストの暗喩
*2. a lost sheep......「正道を一時踏みはずしたもの」の意もあり

 

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Shooting Star

 

 

今夜 流れ星を見た
そして きみのことを想った
ぼくにはついぞ知り得ない 別の世界への道を
きみは辿ろうとしていた
うまく行き着くことができたろうかと
ぼくはずっと不思議な心持ちだった
今夜 流れ星を見た
そして きみのことを想った

 

今夜 流れ星を見た
そして 自分のことを考えた
昔と変わっていないだろうか
きみの望むような人間になれただろうか
きみにしか分からなかった
目印を見逃し 線を踏み越えてしまったのではないか と
今夜 流れ星を見た
そして 自分のことを考えた

 

すべての善き人々が祈りを捧げるさなか
地獄からうなりをあげてやって来る最後の消防車の
あのエンジンと鐘の音を聞きなさい

これぞ最後の誘惑にして
最後の弁明
そして山上の教えを聞くことのできる最後の機会
最終のラジオが いま鳴っている

 

今夜 流れ星を見た
滑るように行ってしまった
明日はまた違う一日
きみがぼくから聞きたかったことばを
いまさら言っても もうきっと手遅れだろう
今夜 流れ星を見た
滑るように行ってしまった

 

 

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