すべての曲は12小節のテーマとブルースをベースにしたメロディーのバリエーションと言える。音楽がここではエレクトロニックの枠組みのようになっていて、歌詞はすべてをつなぎ合わせる副次的な構造になっている。
曲それぞれは特に昔を彷彿とさせるような内容になっているわけではない。Time
Out Of Mind や Oh Mercy, Blood On The Tracks
などの曲に似ているか? いや、たぶん異なるだろう。僕自身はグレイテスト・ヒッツ・アルバムみたいな感覚を持っているんだ。Volume
1 やVolume 2
のようなね。もちろん出す前だからまだヒットはしてないけど。
(Bob
Dylan U.S.A.Today)
前作「Time
Out Of
Mind」より4年ぶりに制作されたオリジナル・アルバム。何でも「生誕60周年、デビュー40周年にあたる通算43枚目のアルバム」だそうですが、かつてはコンスタントに年に一枚のアルバムを発表してきたディランも、このごろはじっくり腰を据えて、つくりたいときにアルバムをつくるという姿勢に変わってきたようです。そしてこのアルバム、日本での発売日があの“アメリカの同時多発テロ”のまさに当日であったことも何やら象徴的なことでした。なぜならここでディランが試みているのは、アメリカの古き音楽のスタイルを集大成し自らの肉として現代に蘇らせること、であったからです。
このニュー・アルバムを聴いて私がまずはじめに感じたのは、おっ、ディラン、いかしたバンドをつくったじゃないか、ということです。シャープで若々しく、軽やかでいて繊細で、古典的なロック・バンドでありながら、ミンストレル・ショーのような猥雑で柔軟なスタイルも併せ持ち、そして何よりバンドがディランの音楽のこまやかな襞を理解し的確にサポートしている。ディランは過去これまでに実に多くのバンドやミュージシャンたちをバックにして歌ってきたわけですが、私はチャーリー・セクストンが新たに加入した今回のバンドは、あの運命的な巡り合わせともいえる
The Band
以来のディランにふさわしいバンドではないかとさえ思えるのです。さらに付け加えれば、ここ十数年のステージでのディランの演奏の瑞々しさを風味を損なうことなくそのまま皿に盛ることに成功した、そんな希有な例のようにも思います。
もうひとつは、やはり巷でも言われているように、「アンソロジー・オブ・アメリカン・ミュージック」とでも形容したくなるような楽曲の多彩さです。古い音楽について私は専門的な知識を持っているわけではないのでうまく解説はできませんが、とにかく陽気なロカビリー曲があり、古いラジオから流れてくるような甘いポップ・チューンがあり、淡々としたリズムを刻むジャズ風の語りがあり、ヘビィなブルースがあり、雲の上に乗ったような心そそるカントリー・バラッドがある。さしずめ日本人の私たちでいうなら、正月の門付けや見せ物小屋の客寄せや昭和の歌謡曲や津軽のじょんがら節などを聴いているような心地でしょうか。そして大事なのは、そうした“根っこ”をくぐり抜けた新しい歌として響いてくる、ということです。なぜならある種の良き音楽というものは、そのように繰り返されて絶えず更新していく、新しく生まれ変わっていくものだからです。
'90年代にディランは「Good As I Been To
You」と「World Gone
Wrong」という二枚のアコースティック・アルバムを発表しました。それは自分が吸収してきた古い“本物の”音楽を生ギター一本で演奏したものでした。また最近のジミー・ロジャースやハンク・ウィリアムスといったアメリカ音楽の先達たちへ捧げた企画盤への積極的な参加や自らのオリジナル曲にこだわらない姿勢。長くて暗いトンネルを抜け、嵐をじっとやり過ごしたら、そこにただ“音楽”だけがあった。はじめから、そうだったのだ。だから無心でそこへ入っていこう。そして自分もまたこの大きな連なりのなかのひとつなのだ。私は、そういうことなのだと思います。
だからこのアルバムの豊穣さは、自分が聴いてきた音楽以外は失うものはもう何もない、というようなものです。したたかで、ふてぶてしい。「Oh
Mercy」のように憂鬱ではないし、「Time Out Of
Mind」のように彼岸へ一歩踏み出してもいない。ストレートで、熟練の鋳物職人が叩いた包丁のように味わい深く、食材を切り刻むリズムもまた心地よい。そんな魅力が受けたのでしょう、アルバムはアメリカのチャートでも5位まで上がり、Rolling
Stone
誌において歴史的名盤に与えられる「5つ星」を獲得したそうです。若い世代の人にもぜひ聴いてもらいたいなあ。
最後に、このアルバムではチャーリー・セクストン、ラリー・キャンベル、トニー・ガーニエ、デヴィット・ケンパーからなるツアー・バンドのメンバーの他に前作「Time Out Of
Mind」にも参加していた、かつてダグ・ザームと共にバンドを組んでいた経歴も持つオージー・メイヤーズがオルガン奏者として参加しています。また
Mississippi は「Time Out Of
Mind」の時の作品で、後にシェリル・クロウが自身のアルバム(「ザ・クローブ・セッション」1988)
で取り上げていました。
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