071. 東近江の「抵抗食」 どろをつくって食す

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■071. 東近江の「抵抗食」 どろをつくって食す (2018.12.16)

 




  奈良や京都とおなじように近江(滋賀県)も驚くほど被差別部落が多いと知ったのは画家の福山敬之さんと知り合って東近江の地を訪れるようになってからだ。 末広町はかつて「稲盗人ヲ御座候ヘバ打殺シ、右野ヘ捨置キ候ヘバ何方ヨリモ構イコレナク候」と古文書に書かれたような土地であったという。古くは久保村と 呼ばれた町は皮革業で発展し、いまも大きな食肉センター(屠場)があり、幹線道路沿いには肉屋が多い。数年前に惜しくも閉館してしまった「末広町歴史資料 館」の展示室(現在の八幡東子どもセンター2F)を、福山さんのつてで特別に見せていただいたのは2018年5月だった。子どもたちが間違って入らないよ うにと1Fと2Fをつなぐ階段のシャッターを下ろして閉じ込め状態になったわたしたちは、かつての展示がそのままひろげられている学校の教室ほどのスペー スにつまった貴重な町の記録をたっぷり堪能し、それからかつての共同墓地や共同浴場の跡地、反差別運動の拠点となった寺や神社などの町内を半日かけて回っ たのだった。末広町の郷土料理である「どろ」のことはその資料館に展示していた、いまでは入手困難な「どろぉ 食文化・・屠場のある街」(田中政明)とい う小冊子で知った。フライドチキンはかつては白人が食べずに捨てていた手羽を腹持ちがいいように油で揚げた黒人の奴隷料理だった。ロマのハリネズミ料理、 ネパールの不可触民サルキの牛肉料理、黒人奴隷料理から国民的料理となったブラジルのフェジョアーダ、そしてこの国の関西のさいぼしや油カス、これら“抵 抗的余り物料理の文化”を上原善広は「抵抗食」と呼んだ(「被差別の食卓」新潮新書)。以前は流通価値のなかったスジ肉とくず米といわれる小米を炊き込ん だ「どろ」も、被差別部落の人々の抵抗食といえる。

  9月に福山さんの伴侶でもある彫刻家の智子さんの作品展を娘と見に行った帰りに、福山さんが手伝いに行っている地元の営農組合で「くず米」をもらう機会が あった。さて、こいつをどうやって食べるか。くず米ではないがJAのサイト「やってみよう! バケツ稲づくり」に脱穀・もみすり・精米の解説があり、すり 鉢に軟式野球ボールを押しつけて籾殻をはずし、瓶に入れた玄米をすりこぎ棒でつつく精米方法なども紹介されていたが、野球ボールはないし、すり鉢も小さい ものしかないしで結局、まずは庭でザルを振って小さなかけらを飛ばし、もみすり・精米をかねて口の広い瓶に入れてすりこぎ棒でしばらくつついて再度ザルで 振り、あとはよく水洗いをしていつもどおりに鍋で炊いてみたら、少々硬いがいわゆるふつうの玄米ご飯で、噛むと香ばしくお八つのようでおいしい。特に小石 などが混ざっているということもない。これで無事「くず米」は食べられるという目途がついたので、ジップの散歩がてらにスジ肉を買いに行き、「どろ」に挑 戦してみた。

 レシピの詳細は末尾の引用に譲るが、スジ肉は一応ネギと生姜片で一時間炊いて脂を切っ た。とりあげて熱をさましたスジ肉をこまかく切り、あたらしく水を入れた鍋で炊き、野菜は今回は人参、サツマイモ、大根、白菜。人参、サツマイモ投入後に 水洗いしておいた小米(2合)を加えたが、生米のためにやはりやわらかくなるのに結構時間がかかったので、最初にスジ肉といっしょに小米を入れておいた方 がいいかも知れない。味つけは各家庭ごとで微妙に違うようなのでわたしは顆粒の和風だし少々と塩、そして醤油。かなり長い時間ぐつぐつと煮込んで、小米が やわらかめになってスープが白濁してきたら食べごろだ。精米がいい加減なので玄米雑炊みたいな感じだがそれが独特に香ばしく、スジ肉の出汁にあいまってじ つに旨い。わたしもつれあいもお茶碗についつい幾膳もお代わりをしてしまった。太刀魚を骨ごとすりつぶした和歌山の練り物「ほねく」を魚焼き器であぶって 醤油を垂らして添えたのも見事にはまっている。「好きなだけ持ってけ」と言われたくず米は米袋にまだたっぷりと入っている。理屈じゃなくてこうやって食い 物から差別を体験するとよく分かる。食べ物ってのは直接的だからね。町の子どもたちはきっと他所の白米のご飯がとてもまぶしく見えたことだろう。でも「く ず肉」と「くず米」でこしらえる「どろ」は最高に旨いんだ。差別されても人はそう簡単には負けちゃいられないということだよ。

 

  古くからこのむらに受け継がれている料理に、やはりスジ肉を使った「どろ」がある。スジ肉を煮て、そこに小米と野菜を入れて食する料理である。語尾を少し 上げて「どろぉ」という感じで発音するのだが、炊きあがりが「どろどろ」になるところに、その呼称の由来があるといわれている。

(中略)

 「どろ」の主な食材である小米は、それだけでも貴重な食料であった。

  臼すりという工程をへて籾が精米される。その際、白米とあわせて米の粉や割れた米もできる。白米以外を丁寧にふるいにかけ、残った細かい米が小米である。 また、不合格米だけを集めて脱穀したものも小米になる。米穀業を営んできた人が「豊作のときは小米は少ないわ」と経験的に語っている。不作のときであれば あるほど、粒の小さい米がたくさんできるので、必然的に小米も多くなる。いまでも小米は店で販売されている。手間がかかるわりにはとれる分量は少なく、利 用する人も少なくなったため、いまでは小米の入手はむずかしくなっている。

(中略)

  「どろ」はどのようにしてつくられるのかを見てみよう。まず、スジ肉を水炊きする。二、三度炊き込んで脂を切る。そして、煮立ってきたところで、大根、小 芋、人参、白菜といった野菜を入れる。火の通りにくいものから順番に入れていく。火が通ったところで、あらかじめザルなどで洗っておいた小米を入れる。数 分煮たところで小米がひらくと、火をとめてから醤油や調味料を入れ味つけする。

 このようにつくることが多いようだが、小米を先に入れてから、煮立ったところで野菜を入れることもある。家によってつくり方はいくらか異なる。ある女性の説明を聞くことにしよう。

  水にスジを入れて炊いてな、ほんで脂が出るで、ほかすにゃ。ほて、今度、柔らこうなるまで煮あげて、ほんで、野菜の煮えにくいものから順番に入れていく にゃ。大根、小芋と。水とスジを入れといて、沸騰した中へ、ほんで、ほれ入れて、ほんで醤油とか調味料入れて。野菜はもう少し米が煮えてから入れる。人参 とか大根とか、野菜もんをみな入れはるんです、ほの中へ。ほんで、クツクツクツね。小米を洗って、野菜が煮えたらね、入れますにゃ。ほんで、グツグツ煮え てきたら、ちょうどお米がひらきますやろ。そのときに、後から味つけしますにゃ、お醤油と、ほんで、ちょっとだしの素をね。もうそんで溶けるやろ。ほん で、ちょっと大きいやつは残るやろ。具は、好きなもん入れたらええにゃ。

 (中略)

  最近では、小米が少々手に入りにくくなってきているので、「どろ」が食されることは減ってきたが、「今日は寒いし、あれやったら熱くておいしいし、今日は ほれしょうかなぁってゆうて」というようなことで、「どろ」をつくることもある。また、何人かが集うと、「いっぺんどろしょうか」というぐあいに会話がは ずむ。このむらでは、店によっては、ときおり発泡スチロール製トレイに入れられて「どろ」が売られることがある。

桜井厚・岸衛「屠場文化 語られなかった世界」(創土社)

 

◆近江の食文化 そのルーツを探って http://www.pref.shiga.lg.jp/feature/13_9/feature02/index.html

◆脱穀(だっこく)、もみすり、精米(せいまい)の方法 https://life.ja-group.jp/education/bucket/column/advice08

2018.12.16

 

 

 

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