053. 「ある軍人の生涯 ノモンハンの草原に自決した父 井置栄一を偲ぶ」読む

背中からの未来

 

 

■053. 「ある軍人の生涯 ノモンハンの草原に自決した父 井置栄一を偲ぶ」読む (2020.7.30)

 





 ノモンハンの原野で勇気ある撤退をしたために停戦後に自決を強要された井置少佐の遺族が無念の思いで記した私家版手記「ある軍人の生涯 ノモンハンの草 原に自決した父 井置栄一を偲ぶ」(井置正道 2006)を読むために併読していた「ノモンハン 責任なき戦い」(田中雄一・講談社現代新書)を読了す る。やりきれない思いでいっぱいだな。兵士ひとり一人の命を屁とも思わず、敗戦後も保身と無責任と罪のなすりつけ合いに終始する陸軍の上官どもも糞だが、 それは東條ひとりをヒトラーに見立てて縊れば済むというわけでないことは、たとえばやむをえず捕虜になった兵士たちのその後の人生をたどれば明瞭だ。飛行 第24戦隊の宮島四孝曹長は97式戦闘機のエンジン・トラブルで敵領内に不時着、4日間草原をさまよい歩いた末に意識を失い倒れているところをソ連軍に見 つけられ捕虜となった。停戦後、捕虜交換で日本側に引き渡された宮島は軍法会議にかけられ2年10ヶ月の禁固刑の判決を受けた。刑期を終えて昭和19年に 本土へ帰還、長野の故郷へ戻ったかれを待っていたのは「村人からの冷たい視線だった。捕虜になったことで「一族の恥さらし」と糾弾され、親族から事実上絶 縁されたという。宮島の長女・伸子さんによると、住む場所さえ与えられず、一家は山羊小屋のようなみじめな家屋での生活を強いられた。」「航空部隊に所属 した宮島は、長野県の小さな村の中では英雄のような存在で、村を挙げての葬儀(村葬)も行われるほどだったが、帰国後周囲の反応は一変した。希望を失った 宮島は定職にもつかず、生活は次第に行き詰まっていく。極貧の生活を続ける中で、嫌がらせは家族にも向けられた。「母が自分の着物を食料に換えてくるんだ けど、そんな何十枚何百枚あるわけじゃないから、だんだんそれも底をついてしまって。だからと言って食べるものをくれるわけじゃないから。おにぎりを食べ てて「欲しいか」って言われて「うん」って言ったらば、「じゃあ取って食べろ」って言って川の中にポンって投げられて「拾え」って」 家族の苦しみをよそ に、宮島は酒におぼれていく。家庭内で子供に暴力をふるい、伸子さんは父親と距離を置くようになる。宮島は軍人としての過去を子供たちにはいっさい語らな かったという」(前掲書) どうだい、何も80年前の話ばかりでもない。最近のコロナ禍でも、原発事故のときでも、似たような情景はこの国で腐るほど見て きたじゃないかいまも見ている。こんな糞話を読むとむかしおれが仕事も決められずにいたときにもっともそうな顔をして説教を垂れた連中におれが抱いていた 殺意にも似た感情を思い出してしまう。おまえらのふつうがおれには耐えられないのだとおれは言いたかったわけだ。山羊小屋のようなおんぼろ家屋で酒を呑み おのれを呑み込む奇怪な鵺のような世間と国家に呪詛のことばをつぶやきかけそれすらも内なる闇にだまって呑み込む宮島の目を通してこの国を眺めればいろん な耐え難い腐臭が鮮やかな色形になって跳梁跋扈するぞおもしろいぞ。上から下まで糞だらけなんだよこの国はノモンハンの80年前もいまもなにも変わっちゃ いない。おれは宮島がいい。昏い山羊小屋から撃ちたい。

2020.7.30
 


 

 



 

 

 

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