050. 大阪・十三で映画「アイ(子ども)たちの学校(ハッキョ)」を見る

背中からの未来

 

 

■050. 大阪・十三で映画「アイ(子ども)たちの学校(ハッキョ)」を見る (2019.1.13)

 






 大阪・十三の風俗店に囲まれた繁華街の雑居ビルで、朝鮮人学校の歴史と現状を描いたドキュメンタリー「アイ(子ども)たちの学校(ハッキョ)」を見た。 予定よりも早く着きすぎてしまったために昭和の匂いのするアーケードの商店街などを見てまわり、十三公園の寒空の下でジャンパーを着込んだおっちゃんたち の将棋をしばらく観戦して、上演40分前くらいに6Fの「第七藝術劇場」へ上がっていったらすでにたくさんの人だかりで、当日券に並んだわたしの三人前の おばちゃんグループが「ここから立ち見になります」と宣言されたのであった。公園のおっちゃん将棋を一瞬悔み、テロルの如き赤色壁の階段で並んで待ちなが ら「日本人は立って見るのが逆にふさわしいだろう」と思いなおしたけれど結局、最後のひと席にありつけた。客席のぐるりを囲む通路に立ち見が30〜40人 ほど。「もう入れないと言われた」と帰っていった人もいた。上映初日で、監督のトーク・ショーも企画されているからだろう。やがて照明が落とされ、スク リーンに映し出される光景は、日本なのに日本人のわたしたちが見たこともない光景ばかりだ。「4・24(サイサ)阪神教育闘争」、はじめて聞いた。大阪城 大手門前の広場で16歳の朝鮮人の少年が警察官の発砲により命を落としたことも知らなかった。国を蹂躙され、家族を引き裂かれ、ことばも文化も奪われ、日 本の炭鉱や工場で牛馬のように使われ捨てられてきた朝鮮人たちが「解放」されたのは日本の無条件降伏の日であった。希望に胸を膨らませ公園や墓地や粗末な 建物で始められた朝鮮語による子どもたちの学校は、しかし1948年(昭和23年)に早くもGHQと日本政府により閉鎖命令を受ける。子どもたちは校舎か ら放り出され、学校は鉄条網で囲われた。抗議のために大阪府庁前に3万人もの在日朝鮮人が集まったのが「4・24阪神教育闘争」である。人々に向けて消防 隊が放水を行い、警官隊が実弾を発砲し、16歳の金太一(キム・テイル)少年が頭に銃弾を受けて死亡した。この発砲については長いこと「威嚇射撃の数発の 流れ弾がたまたま金少年に当たってしまったのだろう」と朝鮮人側も思っていたと上映後のトークで高監督が語っていたが、最近の調査で第8軍司令官アイケル バーガー中将の残した記録にこの日、日本の警官隊が20発の実弾を撃ったと記された報告書が新たに発見された。この国の警官隊は徒手空拳の朝鮮人たちを殺 すつもりで撃ったのだ。繰り返すが日本の敗戦からわずか3年に満たない日のことだ。そして現在もこの国は教育制度から朝鮮学校だけを排除し(朝鮮学校は現 在でも一条校(通常の課程)としてではなく、自動車教習所などと同じ各種学校としてしか認められていない。ために高校を卒業しても大学受験資格が保証され ない)、教育無償化からの除外や補助金の停止といった圧力を各自治体にも迫り、それに乗じた一部の馬鹿どもが「キムチくせえんだよ。日本から出て行け」と いったヘイト・スピーチを校門で繰り広げ生徒たちが泣き出すといった事件も起きている。それがこの国。映画の終わり頃で弁護団の一人の日本人が言っていた 「過去の過ちに向き合うこと」を、いちどもしてこなかった国。シモーヌ・ヴェイユのいう『根を持つこと』から背を向け、過去を破壊し魂を殺す集団の国。わ たしは近所の無縁墓で偶然見つけた「寄宿舎工女・宮本イサ」を中心として世界を見る、と書いた。同時にわたしはおなじように近所の紡績工場の過去帳に記さ れた、大正9年にわずか18歳で亡くなった「朝鮮慶尚南道普州郡普州面」出身の「金●順」もまたこの世界を考える中心に据える。異国からはるばる海を越え てやってきた彼女はなぜ18歳という若さで死ななければならなかったのか。

「金 ●順」は30年後の金太一である。そして現在のこの国の朝鮮学校に通い、校舎の中でひっそりとチマチョゴリに着替える女生徒である。映画の中の彼女は演劇 部の舞台で警官隊に撃ち殺される金太一を演じる。根を持つ人たちは時を越えてなんどでも甦り、魂はつながっていく。朝鮮学校を出てから苦学して東大に入学 した男子学生の言った話が印象的だった。ひとはみんなじぶんの袋を持っている。朝鮮人であるわたしの袋。朝鮮人学校はそのわたしの袋にいいことをいっぱい 入れてくれた。日本の社会は入れてくれなかったものを。だから朝鮮人学校はわたしは必要だと思う。チマチョゴリを着て父や母の国のことばや文化を学ぶこと がゆるされない子どもたち。靴磨きの仕事場から朝鮮人学校閉鎖の抗議に加わり警官から撃ち殺される子どもたち。異国の地で過酷な労働を強制されて無縁仏と なって忘れられていく子どもたち。かれや彼女たちはハンディを背負って苦しんでいるわたし自身の娘の姿にも重なる。だからわたしの胸はぎりぎりと締めつけ られる。頭を撃ち抜かれていままさに死にゆくわが子に慟哭する。根を持つものは、つながるのだ。このドキュメンタリーはわたしにその思いを一層つよくさせ た。
 

◆朝鮮学校年表 https://seesaawiki.jp/mushokamondai/d/%C4%AB%C1%AF%B3%D8%B9%BB%C7%AF%C9%BD

◆阪神教育闘争70周年!朝鮮学校の歴史と現状を描くドキュメンタリー映画を制作します
https://a-port.asahi.com/projects/kochanyu/

◆高賛侑監督ブログ http://blog.livedoor.jp/ko_chanyu/

◆大阪)朝鮮学校、映画でエール 作家の高賛侑さん撮影中 https://www.asahi.com/articles/ASL4952ZRL49PTIL00Y.html

◆在日韓人歴史資料館 http://www.j-koreans.org/index.html

2019.1.13

 


 

 



 

 

 

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