010. 長野・明科へ「大逆罪発覚の地」をさがしにゆく

背中からの未来

 

 

■010. 長野・明科へ「大逆罪発覚の地」をさがしにゆく


 

余 計な荷物をロッカーに入れた松本からローカルな篠ノ井線に乗ってまず見えてきたのは山と山のなだらかな斜面に大きくひろがった犀川の河原の景色だった。陶 淵明の描いた桃花源の村はこんなところではなかったかと錯覚した。明科駅におりてまず、ロータリーの向いに建つ大きな観光案内版を見上げた。かつてはこの 地図上に「大逆罪発覚の地」の文字があったというが、いまは「大逆」の大の字も見えない。地元の農民運動の研究家(望月桂さん)が町史編さんの資料として 調べ歩き収集したという資料を展示している明科公民館を探して歩き出した。グーグル・マップを頼りに犀川に近い県の水産試験場まで来たら、隣の公民館の場 所は広い空き地になっていた。スマホで安曇野市のHP上の住所を拾ってふたたびグーグル・マップに落とす。駅から数分の町中に移転していた。ひっそりした 新しい公民館の受付にいた初老の男性に訊くと、ああ、以前にそんなのがあったかも、とはなはだ覚束ない。あれだよね。明治天皇の車を谷底に落とそうとして 死刑になっちゃったやつ。まあ、大変なことをしてくれたもんだ。そこへスーツ姿の市の管理職らしい男性が入ってきて、初老の男性からわたしがわざわざ奈良 から大逆事件の資料を見に来たと聞くと、ああ、あの資料はねえ、もう今はここにはないんですよ。たしか安曇野市の歴史博物館に移ったはずだけれど、とわざ わざその博物館へ電話して訊いてくれた。結果は、かつて明科歴史民俗資料館にあって、その後(おそらく同じ場所の)公民館の一室につましいパネル展示とし て収まった資料は公民館の移転と共に、いまは安曇野市の文化課の収蔵庫に保管されているという。現在、安曇野市にて新しい郷土資料館の建設計画があり、将 来的にはそこで展示されるかも知れないが、いまのところは公開していない、ということだった。どうですか。これで勘弁してやりますか? とそのマツエダさ んという人は受話器を抑えていたずらっぽく訊き、「もし何だったら、平日にまた市の文化課に電話して訊いてくれたら、もっとくわしいことが分かると思いま す」と言って立ち去っていったのだった。こうなったら後は宮下太吉が明治42年11月3日の天長節(天皇誕生日)の夜間に人目を忍んでいわゆる“爆裂弾” の実験を行ったという場所を探しに行くしかほかにすることがない。地図も資料も何も頼りがない場所探しだったが、案外と簡単に見つかった。駅前の国道19 号線を長野方面へすこしだけ進み、会田川の橋の手前、東栄町の交差点を四賀へ抜ける山あいの県道302号線へと折れてしばらくのぼる。やがて左手に6軒ほ どの新築の戸建てが並んだエリアが見えたら、その手前に左への侵入路があり、入ってまたすぐ左に川のほうへ下りていく細い道をうねうねとくだっていけば、 やがてあの写真で見た岩肌が露出した蛇行する会田川沿いの山並みが見えてくる。明科駅から、そう30〜40分ほどだろうか。思っていたより町中から近い が、現場は川の蛇行がいちばん山のふとことへ食いこむように曲がっているところだから、気持ち的にも奥まって隠れた感じがする。宮下太吉もおそらくそう 思ったのだろうなと考えると、なぜか可笑しかった。ほんとうなら太吉が“爆裂弾”を投げつけただろう岩盤の対岸の河原に降りてみたかったが、耕した畑の湿 地帯の上、河原との境界に害獣対策の電気柵がぐるりと張られていて諦めた。しばらくそこでぼんやりとすわっていたが、ふたたび引き返してこんどは国道をま たいで会田川が犀川に合流する地点までぶらぶらと歩いていき、それからしばらく人通りのほとんどない静かな町中をあちこち歩き回った。明治の事件当時、水 利を生かして各地の上流から運ばれた木材を集積し官営の製材所があった明科の賑わいは、いまでは見る影もない。同時にこの小さな町には大逆事件の痕跡もな にひとつ残っていない。あるいは意図的に残していないのかとも思える。ほんとうは夕食を、馬肉がおいしいという駅前の「高野屋きそば」でもりそばといっ しょに味わおうと思っていたのだが、暑い最中に歩き続けた疲れもあり、たまたま蕎麦屋の開店までの時間つぶしに入った駅前のスーパーで郷土料理の鯛の甘煮 や山賊焼きなどを見たら高い金を払うよりここで買って帰って、ホテルの部屋で食べるのもいいかも知れないと思って、五一ワインや大雪渓の純米酒の小瓶と共 にレジに並んでいたのだった。

▼安曇野の記念年〜大逆事件100年 http://azumino-herb.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/100-2f66.html

▼臼井吉見の「安曇野」を歩く http://www.shimintimes.co.jp/yomi/aruku/76.html ▼つぶやき館 大逆事件と明科(あかしな) http://madonna-elegance.at.webry.info/201707/article_28.html

▼明科 歴史のまちなみと水の郷を訪ねて(ルートマップ) http://azumino-sanpo.info/wp/wp-content/uploads/2016/01/wm07.pdf

▼実験地・グーグルマップではここ https://www.google.co.jp/maps/place/36%C2%B021'20.8%22N+137%C2%B056'29.4%22E/@36.3557803,137.9393103,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x0:0x0!8m2!3d36.355776!4d137.941499

2017.7.30


 

 

 

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