115. 奈良・やまと郡山城ホ―ル 山下洋輔「ピアノ開きコンサート」

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■115. 奈良・やまと郡山城ホ―ル 山下洋輔「ピアノ開きコンサート」 (2022.5.15)





  
 
 体調不良で母からまわってきたチケットを手に、近くの城ホールで行なわれた山下洋輔のコンサートを聴きに行って きた。山下洋輔、マンハッタンでのトリオ 演奏を収録したライブを一枚持っているが、じつはそれほど熱心な聴き手ではない。どちらかというとかつてのタモリや筒井康隆との交流、それに娘が小さい頃 に買い与 えた面妖な「もけら もけら」の絵本の方がいっそ親しい。ピアノ演奏もときおり耳にする機会はあったが、どこか焦点が合わないのだった。ステージに現れた 御歳80歳になる大御所は、まるで町で評判の腕のいい仕立屋さんといった風情で、この道60年、かれにまかせたらどんな人にもぴったりの服をあつらえてく れそうだ。ところが演奏が始まると、この仕立屋氏は忽ち未知の生命体(エイリアン)の巣を身にまとって成層圏へ上昇し、銀河にただよう巨大な雲のなかで音 が生物 のように光の明滅を繰り返すのであった。こんな光景をSF映画で見たことがある。前半はコロナ禍の巣ごもりならぬスタジオこもりで出来上がったという最新 作の自作曲を中心に、そして後半はジャズのスタンダード・カバーを中心に。曲の合間のトークも自然な人柄がにじみ出てそつがない。プログラムの最後はここ 十数年来、コンサートの締めくくりに演奏し続けているというボレロ、といっても只のボレロではない。これこそ山下洋輔のまさに面目躍如といったナンバー で、かつて危険地帯最前線だったタモリの芸や筒井康隆のシュールな小説世界が音の雲の合間から立ち上がる。この不可思議魔訶面妖な音の洪水にさらわれて、 わたしはついうとうとと短い夢を見た。夢のなかでわたしはシチューをつくっていて、材料の肉や人参やじゃがいもや玉葱や、あ、ピーマンも切ってしまった、 あ、車海老も切ってしまった、まあいいや、何でも入れてやれと鍋に放り込んでいたら、そのシチューが山下洋輔の不思議な音楽なのであった。シチューに焦点 がないように、かれの音楽にもそもそも焦点はない。腕のいい町の仕立屋職人は、じつは生活に根づいた遊びと諧謔と不思議なシチューづくりの名人なのでも あった。

山下洋輔 ピアノ開きコンサート(於:やまと郡山城 ホール)
1.コミュニケーション
2.ソート・オブ・ベアトリス
3.やわらぎ
4.竹雀
(休憩)
5.チェ二ジアの夜
6.Tea for Two
7.ピロリー
8.ボレロ
(アンコール)
9.On the Sunny Side of the Street

2022.5.15

 

 

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