111. 大阪・カフェ周 安聖民(안성민)「空前絶後 パンソリ完唱シリーズ・番外編」

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■111. 大阪・カフェ周 安聖民(안성민)「空前絶後 パンソリ完唱シリーズ・番外編」 (2021.11.30)





  
 
  パンソリはとくに詳しいわけでもないし、生で聴くのももちろんはじめてだ。29日月曜。以前に井波陽子さんのライブを見た大阪・靭公園に近いカフェ周 へ、安聖民(안성민)さんの「空前絶後 パンソリ完唱シリーズ・番外編」なる催しを聴きに行った。それほど広くもない会場の観客は30人弱ほどだろうか、 ほぼ満席だ。安聖民さんは大阪市生野区生まれの在日三世で、「人間文化財第5号指定の南海星に師事(水宮歌・興甫歌)」してパンソリを習得した、数少ない 在日のパンソリ唱者だという。わたしはほぼ最前列、太鼓奏者の真後ろにすわった。安さんが声を発した途端、やはりYouTubeなどで聴くのと生で聴くの は違う、わたしは忽ちにこころが満たされるのを感じた。日本語の歌詞はプロジェクターで壁の上部に写し出されているが、それを見なくてもじゅうぶんに伝わ る。演目は幼くのどかな恋の語らいや(春香歌)、正直な貧乏人夫婦に福が訪れる話や(興甫歌)、安寿と厨子王のハッピーエンド版や(沈清歌)、竜宮の王の 病のため地上にウサギの肝を取りに来たすっぽんの話など(水宮歌)様々だが、安さんの歌がはじまると容易にそれぞれの世界に引き込まれてしまう。月一回の シリーズを聴いてきた人や在日の人も多いようで合いの手も盛んで、聴衆は生き別れた娘の声を聴く老人や虎に襲われそうになったすっぽんと同化して共に参加 する。一時間ほどの語り芸はあっという間に過ぎてしまった。その間、わたしはずっと幸福を感じていた。魂が仕合せだ仕合せだと叫んでいた。かつて祭りや市 の日の村の広場などで「雑草のようなたくましい」漂泊の芸能者たちがこれらの芸を演じ、村々を経巡った。その数百年の来し方が安さんの声にたっぷりと詰 まっている。百年以上も前にわたしたちの国は朝鮮半島を侵略し遅れた文明の者たちだとかれらを蔑んだが、鉄と石油よりも豊かなものを朝鮮半島の人々はすで に持っていた。ほんとうの豊かさを失っていったのはわたしたちの国の方ではなかったか。砂漠で飲み干す水のように歌が沁み込んでくる。わたしたちはいまイ ンターネットを通じて世界中の上質な音楽をいつでも手軽に聴くことが出来るが、じつはわたしたちのそれらの音楽は貧しいのではないか。歌を聴く「場」が貧 しい。聴き手であるわたしたち自身も貧しい。そう思わせるだけの豊饒さが安さんのパンソリにはあって、わたしをふるわせる。こころが渇いてたおれそうになったら、おれはきっとまたパンソリを聴きにいくよ。

2021.11.30

 

 

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