104. 大阪・十三 第七芸術劇場 ドキュメンタリー映画「緑の牢獄」

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■104. 大阪・十三 第七芸術劇場 ドキュメンタリー映画「緑の牢獄」 (2021.5.2)





  
 
 それは目には見えないきこえない気配のようなものだ。日帝下、炭坑の手配師として雇われた養父に連れられて台湾から西表島へわたってきた10歳の少女。 「炭坑もの」「炭坑の蛮人」と蔑まされ、学校へも行かず、排除され続けてきた。必死の思いでこどもをそだて、こどもをなくし、ふかい皺の刻まれたおばあに なったかつての少女はかろうじて台湾人の本名を残した墓の前へのろのろとやってきて、今日は火もお線香も持って来てないから手だけ合わせるよ、とひとり残 された日常をこらえる。わたしもかえるから。あの世にかえってご先祖さまに会うから、どうぞご加護を。手足がうごいて一人でやっていけますように。映画は そのおばあの永遠のような日常を淡々と映し、おばあのことばによってものがたられる。台北まで200キロ、那覇まで400キロ。はざまのようなこの西表島 で台湾人にも日本人にもなりきれなかったおばあの80余年は、そのまま歴史の深い断層のようだ。そのくらい裂け目からときおりぽつぽつと浮き上がってくる ことば。あっち入らんよ、あっち行かんよ、あっちこわいもん。みんなが「死人の島」ってよんでた。むかしの炭坑の人、かわいそう、惨め。しばって吊り下げ られて袋叩きに。むかしのことはみんな忘れたよ。それは目には見えないきこえない気配のようなものだ。鬱蒼としたマングローブの森。ひとの血管のような葉 脈。水。林のなかで目をこらせば、そちこちの薄暗がりにふんどし一丁の昏い眼をしたもの云わぬ坑夫たちがうかびあがってくる。おばあが口をつぐみ、黙した その先にかれらの姿はたちあらわれる。あすこの岩の陰に、むこうの黒い窪地に。わしね、戦後は骨の上でねむった時あるよ。流れ板ひろってね。ねむっている ね、おかしいことにはよ、これはみんなが3,4名ねむってるだから、みんな聞いたからよ、ものゆうてるのさ。ああ、それ(骨)のことばよ、日本語か台湾語 か英語か、何もわからん。ただよ、声だけある。それは目には見えないきこえない、けれど濃厚な気配のようなものだ。その声を聞こうとすれば、見えてくるも のがある。聞くこともしなければ、ひとはやがて狂うだろう。目には見えないきこえない気配によって。いつしか、おばあが参っていた墓の前の花が枯れて茶色 くなっている。わたしたちはおばあが亡くなったことを知る。1926(大正15)年―2018(平成30)年、 橋間良子(台湾名・江氏緞)。おばあはただ、どうにもならなかったみずからの来し方を語っただけ。雑草のような気高い彼女の一生から、わたしたちは、どこ にも記されることのなかったこぼれおちた歴史の断片をすくいあげる。

(ドキュメンタリー映画「緑の牢獄」を大阪十三の第七芸術劇場で見た)
2021.5.2

 

 

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