093. 京都・東山墓地〜ギャラリー白川「今尾栄仁個展 捨象」

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■093. 京都・東山墓地〜ギャラリー白川「今尾栄仁個展 捨象」 (2020.10.16)

 




  
 
 京都・八坂神社の南、親鸞の墓所である大谷本廟からつらつらと尾根筋をのぼって清水寺へ至るあいだにひろがる東山の広大な墓域はかつて化野や蓮台野とな らぶ平安京の三大葬送地のひとつであった。身分の高い者は荼毘に付され墓がつくられたが多くの死者は野ざらしであった。一説には山の枝に遺体をかけて鳥が 食べやすいように処理して風葬にしたことから鳥辺野とよばれたとも聞く。その鳥辺野墓地の入口に堂々たる軍人墓に囲まれた自然石の肉弾三勇士の墓がある。 「然るに三勇士は実に吾真宗門に出づ。亦以て宗門の栄誉と謂ふべきなり」  沖仲仕や炭鉱夫などの貧しい家の出の若きいのちが四肢四散し軍や坊主や部落解 放の宣伝に担ぎ出され人びとは熱狂し歌舞伎や映画はてはレコードやグリコのおまけにまでなってそのままの電通姿で眠っている。男根の如くそそり立つ軍人墓は 参道沿いに多かった。三勇士から5,6年後のいわゆる「支那事変」で斃れた奈良の耳成村の兄弟の墓もあった。歩兵38連隊である。「資性温厚篤實ニ シテ慈愛ニ富ム」  「昭和13年11月1日英霊凱旋同月6日村葬」  いつものように報われぬ死者たちの名を読み上げながら鳥辺野一帯をさまよって清水 寺のはたにたどりついてアテルイ・モレの碑に挨拶だけしていこうかと歩をすすめれば拝観料エリアだったために引き返して親鸞御旅所ならぬ御荼毘処など覗い てこんどは鳥辺野の火葬・野辺送りの地であったと伝わる六道珍皇寺門前の六道の辻をくぐればおりしも特別公開中で冥土にくだりて閻魔大王にも仕えたという 小野篁(たかむら)像やかれが使った冥府への井戸も間近に見れてますますこの世とあの世の境が溶けていく心地であった。そのままギャラリー白川を訪ねれば 画廊主の女性と彼女の38年間のギャラリーの歴史をつらぬくジョン・ケージの銅版画やマルセル・デュシャンのサイン便器との馴れ初め話で大いに盛り上がり 人為を排した偶然はめぐりめぐって必然なのだそれが宇宙のリズムなのだと拝聴していたら本個展の今尾さんご本人もやってこられてはるさんの ギャラリーCreate洛以来。今尾さんの作品について画廊主は抽象の奥に具象がひそんでいると言ったがさらに言えば山川草木が細胞レベルの始原にたちも どりもういちどなにかを企てようとしているのだった。つまり肉弾三勇士も阿弖流為も小野篁も親鸞もみな解き放たれた光の粒子であってこの世とあの世を自由 に行き交い明滅している。それはジョン・ケージが企てたチャンス・オペレーション=あそびなのかも知れなかった。気がつけばおよそ一時間半をわたしは今尾 作品であそび、もう一時間半をケージの偶然の必然宇宙の会話であそんですでに昼飯も忘れて3時になっていた。菊乃井本店の裏に道元の荼毘跡を見つけたのよ という画廊主の言葉にさそわれて舗装の果てた草道の奥に道元禅師荼毘御遺跡の碑を見つけ思い出していたのは以前に松本の美術館で見た細川宗英の自由なのか 不自由なのか豊饒なのか欠損なのかすべてをつきぬけて存在が対峙する道元の立像だった。道元のこの世の肉体が炎につつまれてくずれおちる。わたしたちは解 き放たれた光の粒子にまいもどりふたたびのあそびをはじめる。
2020.10.16

 

 

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