090. NHK-BS「ジャパニ〜ネパール 出稼ぎ村の子どもたち〜」を見る

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■090. NHK-BS「ジャパニ〜ネパール 出稼ぎ村の子どもたち〜」を見る (2020.8.18)

 




  
 
 20代の頃、単車で東京からはじめて紀伊半島を訪ねたとき、それまで会ったこともない十津川の親類宅を訪ねた。十津川から龍神へとぬける古代の回廊から、さ らに仰ぎ見る山の中腹にその家はあった。空が近い。峰々が目線にあり、大地の裂け目のような川ははるか眼下であった。その後、奈良へ移住して、職場の同僚 のY君の親類だという伏拝の山のてっぺんに建つ「ほんまもん」のロケ地として使われたという家に立ったときはもっと気持ちのいい、風の通い路、飛翔する鳥 たちの回廊にまさにじぶんはいまいるのだと思った。あんな土地に暮らしていたら、神武東征などつい先週あたりの与太話に過ぎないだろう。そこも、空が近 かった。空が近いと、ひとはそれだけで健全になれるのかも知れない。ネパールのガルコット郡ラマイ村もたぶん、そんな場所だ。けれどその村には年寄りと子 どもたちしかいない。ガルコット郡からじつに1万5千人以上のネパール人が日本に出稼ぎに来ているという。村を離れた両親が日本で「機械のように働き」、 長いこと帰らない。その両親の稼ぎで残された子どもたちは村に分不相応の私立の寄宿舎学校で学ぶ。9歳の少女ビピシャの両親もそうした親たちのひとりだ。 父親は10年前に渡航費など百万円の借金を負って来日して池袋のネパール料理店で働き、母親もホテルのベッドメイキングの仕事を早朝から深夜までこなす。 日本でビピシャを授かった母親はネパールで出産し、3か月のビピシャを残してふたたび日本へもどっていった。借金を返済し共同経営と言う形で念願の店を 持った父親は、しかし過労のため腎臓移植を受けた。母親は解雇が怖くて仕事を一日も休んだことがないと言う。まさに働きづくめの10年間だった。大事な一 人娘を日本で育てたいと願っている父親はビピシャを日本へ呼び寄せる。おそらくサンシャイン60ビルの展望台から都心の夜景を見せて父親は娘に言う。どう だい、この景色。ネパールよりきれいだろ? ほんとうの気持ちを言いなさい。 ビピシャは答える。山が見えない。こんな景色、きれいじゃない。ネパールの 方がいい。娘が3か月の頃から義理の祖母に預けっぱなしだった母親もまたビピシャとの距離を測りかねてとまどう。子どもと離れて暮らしたい母親などいるわ けがない。この子はわたしを好きだと言ってくれるけど、でもほんとうは愛していない。そうして、最後にぽつりとつぶやく。「日本には家族を引き裂かせる魔 力がある」。 東京で唯一のネパール人学校への就学も断って、やがてビピシャはネパールへ帰っていく。長いこと母親だと思っていた祖母や友だちのいるガル コット郡ラマイ村へむかし、孫と二人だけで生活するシベリアのツングースの狩猟民族のドキュメンタリーを見た。祖父は孫と二人で森の中でむかしな がらの自足自営の生活をしていた。そのときの二人は幸福そうだった。やがて孫が学校へ通う年齢となり、ソビエト政府からの通達で孫は遠く離れたシベリアの 都市の寄宿舎学校へと送られる。数年後、老人はその孫と言葉が通じなくなったと悲嘆して自殺したのだった。さて、「家族を引き裂かせる魔力」のまさに渦中 に、わたしたちは骨までずっぽりと浸して生きている。これはネパール人の出稼ぎの話ではなく、わたしたち日本の国の話だ。わたしは、空に近づきたい。

2020.8.18

 

 

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