083. 中村哲氏の死を悼む

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■083. 中村哲氏の死を悼む (2019.12.4)

 




 

  アフガニスタンでペシャワール会の代表であり医師の中村哲氏が何者かの銃弾を受けて死んだ。73歳。その日の夜、国際学習到達度調査とやらで日本の15歳 の読解力が急落したという記事中の「本読まずスマホ没頭」 「気になるのは、休憩時間になると、友達と会話をするよりもスマホを取り出し1人で動画を見る 子どもが目に付くこと」 「文章を書く能力や能動性は人と話す中でつくられていくが、そうした時間がスマホに取られている」云々に娘が、そうじゃないんだ よ。人に関わると辛いことばかりだからゲームをするんだよ。スクールカーストで最下位の人間がゲームでは英雄になれるんだよ。それを棚上げにしてゲームや スマホを悪く言うのは間違ってるよ、と憤慨した。そうしたことすべてがきっと地下茎でつながっているこの世界では。

 アフガニスタンでい つも思い出すのはニューヨークの高層ビルに旅客機が突っ込んだ頃、メールでやり取りをしていたフランスに住む年上の日本人女性がある日、わたしに書いて寄 こしたこんなことばだ。「しかし、なんであそこの男たちはこんなに sexy なのか? 何であんなに笑えるんだ? なんであそこの子供たちは本当の子供たちなんだ? なんでみんな詩を歌い上げるのだ? / 体を張って生きているか らだね? 違うかな。 / でも私たちはいったいどこに行こうとしているのか?」  彼女のこのことばをときどき思い出す。マスードをはじめアフガンの男 たちが sexy に輝いていたように、アフガンの子どもたちがほんとうの子どもたちであったように、会ったことはないけれど中村哲氏の目もきっときらきらと輝いていたに違 いない。そしておれたちは、そこから遠く離れたゴミ屋敷のような腐海にいたんだよ、中村哲が36年間アフガンで奮闘している間ずっと。sexy な男になりたいと、あのときおれは心から思ったけれど、いまでは腐った炭酸ガスを放つ醜い生き物のようだこのおれは。目は何も見るものがない。開いている が盲者(めしい)のようだ。そして「私たちはいったいどこに行こうとしているのか?」

 どのように死んだかではなく、どのように生きたかだ。訃報を聞いた瞬間、そんなことばが浮かんだ。

2019.12.4

 

 

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