081. 西宮・SHIMA 榎並和春個展「永遠のゆくえ」

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■081. 西宮・SHIMA 榎並和春個展「永遠のゆくえ」 (2019.10.5)

 




 

  10月なのにまだ湿気をまとった確かな日差しがふりそそいでいる。すでに心やすい夙川沿いの遊歩道を横目に下っていくとしずかな住宅街の一角の画廊に着い た。娘を先におろして、駐車場をさがしにいった。「満車」の表示に手こずって疾うに娘はひさしぶりに会う画家と白い壁にかかった作品たちにかこまれてしず かな会話をしているのだろうともどってきたら、阪急線で人身事故があってすこし遅れるという。名も知らぬそのひとは花のようにちらばったこれらの絵をもう 見ることもできない。黒い鉄路の上にモクレンの花弁のようにひるがえる。「水の生まれ出ずる青い山中で/待つのみでいい/どこへも行くな/こちら側へもも う来るな」とかれ(歌手)はうめいた。はじめて会ったのは、いつだったかな。遅れてきた画家がいつのまに娘のとなりに座って訊いている。娘は覚えていない と答える。おまえがまだとても小さいころだな。ピンクの装具を足につけてよちよちあるいていたころだ。その頃のわたしは太古の地層から沁み出してきた行き 場のない影のような画家の作品がすきだった。でも今日、わたしがいちばん長い時間をすごしたのは「数え歌」というタイトルのついた朱を基調とした作品だ。 ふたりの大人がもつ縄のうえをちいさな子どもがとんでいる。三人はほんとうの家族なのかも知れないし疑似家族なのかも知れない分からない。プラスティック のピンク色の装具をはめてよちよちとあるいていた娘がもう19歳になった。その分、わたしも歳をとったからだろうか。絵は画家が描いたものではなくてじつ はわたしたちがもういちど書き直すものだ。日本の敗戦を迎えて下北半島から故郷の釜山へ帰る途上の舞鶴湾で船とともに沈んでいった無数の家族たちの顔顔顔 がはりついてはなれないのだ。うずまく水の叛乱ににぎりしめた手と手はちぎれてやがてふかくくらい水底に白いモクレンの花弁のようにしずかに舞い落ちた。 それらはすべて夢マボロシのことでかれらはこの絵のなかにもどってなわとびをしている。ひょろりと背の高い父は子のすがたを見つめ、子はとびながら母の顔 を見あげている。モクレンは肉ではなくただの花弁であった。そう思ったらわたしはその絵の前をはなれられなくなった。「水の生まれ出ずる青い山中で/待つ のみでいい/どこへも行くな/こちら側へももう来るな」 絵はその水の生まれ出ずるどこか別の世界でわたしの心根もそこに封印されようとしていたあるいは そこは遠い古代の水銀(丹)を塗った石棺のなかの薄明の世界かも知れない。 こちら側ではない。

2019.10.5

 

 

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