007. 大阪ドーム 琉球フェスティバル

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■007. 大阪ドーム 琉球フェスティバル (2005.10.18)

 






 日曜は大阪ドームにて琉球フェスティバル。設備屋のK氏、東京から馳せ参じた旧友A、わたし。アリーナの桟敷席にチキアゲ、ミミガー、タコ ライス、サータアンダギーらにオリオンビール、久米仙(泡盛)を並べて愉しんだたっぷりの6時間。のっけから確信犯の如く登場した余裕のりんけんバンド。 鳩間ファミリーの朴とした風情。愛くるしい三代目ネーネーズ。なりたての巫女のような内里美香もよかったね。やっぱり沖縄の大地は女性たちが継ぐものだと いう気がしてくる。待望の朝崎郁恵は戦時中に沈没した民間船の惨事を悼んで作られた歌詞をしみじみと朗誦した。今回、ときに考えさせられたのは、沖縄とい う音楽の豊潤な土壌と共に、沖縄という「場所」についてだ。かれら自身の言葉で歌っているときは輝いていた中孝介、下地勇、内里美香といった若いミュージ シャンたちが、内地の市場向けにレコーディングした標準語の曲を歌い始めた途端に凡庸になってしまうのはどうしたわけだろう。そこにかれらのジレンマを感 じる。三味線とヘビメタをくっつけたようなパーシャルクラブは個人的にはぴんとこなかったな。むしろ憂歌団とビギンの両ギタリストを従え、宮古島の言葉で サンフランシスコ・ベイ・ブルースをディラン風マシンガン速射で歌った下地勇や、奇怪な神話の古層から這い上がってきた蛸入道のような日出克は結構面白 かった。知名定男やトリの大御所・登川誠仁が舞台に上がると、何も余計な楽器や趣向など要らない、三味線と素のままの魂があればいい、と思われてくる。知 名定男は時は移っても忘れるなかれというように師匠の持ち歌で琉球時代の圧制に苦しんだ民衆の曲を歌い、登川誠仁は歌詞を忘れちゃったからあちこちの歌か ら持ってきて歌いますとまるで晩年のジョン・リーのようだ。そして凄絶な艶やかさの大城美佐子の声の美しさはどうだろう。これらの深みに、若いミュージ シャンたちはいまだ敵わない。だからこそ沖縄なのだ。他にもエイサーの踊りや、会場のそこかしこで優雅に踊る人たちの姿(関西の沖縄出身者も多かったろ う)も愉しかった。いや、じつにいい夜でした。たっぷりの6時間、さまざまな沖縄の音楽を浴び続けて、確かに肉の内なる骨の表面がうっすらと何物かに染 まった。来年もまた来ようかな。ドームの後、阿倍野へ出て三人で終電までカラオケ。久米仙の酔いもあって何やら弾けてしまったよ。

 

 

朝崎郁恵オフィシャルホームページ http://www.asazakiikue.com/

りんけんバンドオフィシャルサイト http://www.rinken.gr.jp/

ディグ音楽プロモーション http://www1a.biglobe.ne.jp/dig/index.html

下地勇オフィシャルサイト http://www.isamuword.com/

日出克オフィシャルサイト http://www.studio-hibiki.com/hidekatsu/index.html

中孝介オフィシャルサイト http://atarik.exblog.jp/

キャンパス・レコード http://www.campus-r.com/

2005.10.18

 

 

 



 

 

 

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