077. 大阪・九条シネ・ヌーヴォ 岩名雅記監督「シャルロット すさび」

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■077. 大阪・九条シネ・ヌーヴォ 岩名雅記監督「シャルロット すさび」 (2019.4.1)

 




 たとえばわたしの頭部を切り開いて指をつっこみ、ひっかかった端くれをひっぱり出したとしよう。ずるずるずるとさまざまなものが糸をひいて飛び出し、な らべてみれば、それはそれでひとつの物語を構成するかも知れない。わたしの場合であれば、たとえば障害者施設で殺された子どもや、鳶口を眉間に受けて倒れ ている朝鮮人工夫や、劣悪な環境のもと15歳で死亡した紡績女工や、不登校児や、動画中継をしながらホームに飛び込んだ高校生や、あるいは癩者となった小 栗判官を乗せた土車や、石もて追われる春駒や鉢叩き、処刑されたキリシタンや、公園の樹で首をくくった原発事故避難民の母親などが、未分化な細胞が集散を くりかえしながら徐々にかたちをなしていくように、奇妙な物語の糸を織る。そこでは時間も、空間も、感覚すらも独特なものだ。わたしたちが夢のなかで不思 議を不思議とも思わないで受け入れるように。奇しくもあたらしい「元号」が発表されるその日その時間に、大阪・九条のシネ・ヌーヴォで岩名雅記監督の 「シャルロット すさび」を見たことは、わたしにとってひとつの抗いとなった。世間が新「元号」の発表にむなしく騒いでいる頃、わたしは岩名雅記という 「昭和」の最後の年に日本を飛び出したまま「平成」日本を知らない一人の男の頭の中を経巡っていたのである。それは心地のいい幻想であり、もうひとつの現 実であった。フクシマの帰宅困難エリアの廃墟の建物で、水の入ったグラスに支えられた厚さ6ミリの硝子板の上ですべてを棄ててまぐわう男女。跳ね上がった 男の精液が硝子の上の蝿を浸し、獄中死した大道寺将司の句「実存を賭して手を擦る冬の蝿」がオーバーラップする。激しい交わりの果てに硝子は砕け、女の手 に喰い込み血がながれる。「まだ生きているのね、あなたも私も」 「ああ、充分生きてる。ガラスは僕たちの外にあっただけさ」 「私のからだも私のもの じゃないのね」  二人の交わりを自主避難エリアに取り残された被差別者が覗き込む。そしてもう一人。人狩りの果てに下半身をなくして据えつけられた台座 の上で物乞いをさせられているシャルロットだ。蝿は実存を賭して手をする。だがわたしたちには、すでに賭すべき実存すらもないのではないか。あるとすれば 実存のひりひりとした呻きのみ。崖っぷちの実存が呻き、疾走し、慟哭する。「私は砕かれたカケラ、小さくされたイノチ」 岩名監督はパンフレットのなか で、じぶんはこの作品を「是非とも多くの方々に」観ていただくのではなく、「観る人を選ぶ」特権的な映画として売っていきたいと思っている、と語ってい る。要するに、分かる人には分かるし、分からない人には永遠に分からない。「シャルロット すさび」は確実にそんな作品だ。まるでロベスピエールのように 不遜で、ダントンのように挑発的だ。どうせ夢の中だ。流れに乗っていけばいい。美しい風景と残酷ななみだに細胞の管という管を全開放して存分に味わえばい い。すると笑いもあり、随所にあそび心が隠されていることにも気づく。延々とくりかえされる二人の肉の交わり。それは気味の悪い明るさに占拠された現代日 本への反逆でもある。わたしたちはそれぞれの思想夢に於いて世界に抗う。たとえその思想夢を他人に覗かれたらギロチン台送りになるとしても。恍惚な三時間 はあっという間に過ぎた。テロリストは現世に帰還した。だがのっぴきならない現実は残る。おのれの思想夢のごとく生きよ。いわばこの作品は「正しい思想夢 の見方と世界の抗い方」とでもいったものだ。まるで梶井のすがすがしい檸檬のように、九条駅のどこかに爆弾を仕込んできた。

2019.4.1

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 新「元号」の発表が黄沙の如くこの列島に舞い狂った翌日。大阪駅前第三ビルのいきつけの店で450円の鶏カツ丼をつついているとテレビが昨日の映像を流 し出した。街の広場を埋め尽くす有象無象の鵺のような群れが押しあいへし合いしながら必死の形相で号外に手を伸ばしている。くしゃくしゃになった紙面を伸 ばした号外を誇らしげにかかげ「時代の大事な記念だから、もらえてほんとうによかった」と興奮気味に若者が語る。わたしはまるで反吐が出そうになる。沖縄 で人々の希望が圧殺され、フクシマで土地と人間がゴミのように棄てられ、入国管理局で留学研修生たちの現場でいのちが消しゴムのように消され、密室の中で 国家によって殺人が行われ精神病者が断種され、100万もの人間がひきこもり毎年万単位の自殺者が出るこの国で、この空虚なさながらテーマパークのパレー ドのような明るいさわぎにまといつく熱狂はいったい何だろうか。わたしの胃は目の前のテレビの映像を呑みこむことを拒否する。異物として吐き戻すだろう地 面にぶちまけたそれらをわたしは絶望的にながめ苛立つだろう。だれかこのおれに「チョーセン野郎はとっとと国に帰りやがれ」と言ってくれないか。じぶんが 生まれそだった国のはずなのに、まるで見知らぬ国のように思える。スタンレー・ブラザーズの The Rank Stranger To Me でも歌おうか。「ともだちを探したが 見つけられなかった / まったく見知らぬ人々ばかりだった / いつか佳き日に 天国でみんなに会うだろう /  そこでは わたしを知らぬ人は誰もいないだろう」  前日。松島新地にちかい大阪・九条のシネ・ヌーヴォ前の喫茶店で、上映を終えたばかりの「シャルロット すさび」の岩名監督から「あなたの思想形成につい ておしえて欲しい」と言われたけれど、うまく喋れなかった。まあもともと、喋るような内容もないのだ。 (中断)

2019.4.4

 

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 (岩名雅記監督へ 私信)

  おつかれさまでした。監督にお話したいと思っていて言い忘れたことがひとつ、ありました。アメリカがアフガニスタンの地を蹂躙していた頃、ある日わたしは フランスに住む見知らぬ日本人女性(たぶんわたしよりも年上の)から一通のメールを受け取りました(当時はSNSはなかったので)。彼女はわたしがネット 上にアップしていたディランの曲(Masters Of War)の訳詞を見たようで、当時彼女が翻訳をしていたアメリカの月刊誌(The Progressive)に乗っていたオーデンの詩“1939年9月1日”を「あなたならどんなふうに訳すのか、見てみたい」というものでした。それから わたしたちはメールでたくさんのやりとりを交わしました。ある日、彼女はアフガンの男たちについて、こんなことを書いてきました。


しかし、なんであそこの男たちはこんなに sexy なのか? 何であんなに笑えるんだ? なんであそこの子供たちは本当の子供たちなんだ? なんでみんな詩を歌い上げるのだ?

体を張って生きているからだね? 違うかな。

でも私たちはいったいどこに行こうとしているのか?


最後の頃に彼女は、(ひょっとしたら酔っ払っていたのかも知れませんが)じぶんの携帯電話の番号を送ってきて、フランスに会いに来て欲しい、どこどこ駅に 着いたらここに電話して欲しい、と書いてきました。わたしは返事を書きませんでした。娘がまだ生まれたばかりだったもので(^^) 彼女とはそれきりにな りました。

彼女から依頼を受けて、辞書を片手に必死になって訳したオーデンの詩をときどき思い出します。拙い訳ですが、監督の「シャルロット すさび」がオーデンのいう「光のアイロニックな粒」となって人々の心を照らし出すことを祈念しております。

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夜のもと、無防備に
ぼくらの世界は呆然と横たわっている。
それでも、 そこかしこで
光のアイロニックな粒が
どこであろうと、正しき者たちが
そのメッセージを取り交わすのを一瞬
浮かびあがらせる。
かれらとおなじように
灰とエロスからできているこのぼく、
おなじ否定と絶望に苛まれているこのぼくに
もしできることなら、
ひとつの肯定の炎を見せてやりたい。

2019.4.5

 

 

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