■体感する
■001. 神戸・三宮 榎並和春 個展 (2003.7.19)
その男の顔は黒くつぶれ、ひしゃげていた。小さな二本の足がすっくと地面に降りていた。片方の手が、“定からぬ”といったふうに宙に持ち上げら
れ、指をひろげている。だがその姿は、岩から滲み出たシミのようにも見えるし、砂漠に焼きつけられた影のようにも見える。「こたえてください」とは、その
作品に付された素朴なタイトルだが、答えはどこにもなかった。凝(じ)っと見つめていると、男の姿はまぼろしのようにかき消え、キャンバスにつめこまれた無数の鉱物の粒子がただ悲しみ、きらきらと無辺の光を乱反射させているように見えてくるのだ。
// 木曜。チビの装具の手直しのために車で大阪へ出たついでに、神戸まで足を伸ばしてはるさんの
個展を覗いてきた。私が絵を見ている間、奥さんがチビと遊んでくれた。4時頃に画廊に入って、6時前に辞した。はじめてお会いしたはるさんとは何やら言葉
を交わした気がするが、話したかったたくさんのことは後から思い出した。三宮の駅前のベンチでバングラデシュから来たという留学生の二人連れが携帯電話で
チビの写真を撮った。せっかく神戸まで来たのだから夕飯を食べていこうかという話になって、はるさんたちを誘ってみようかと言ったのだが、個展の初日で疲
れているだろうからとつれあいに言われ、家族だけでハーバーランドでバイキングの夕食を奮発した。チビは波止場の風景にやけにはしゃいだ。帰り道、眠って
しまったチビとつれあいを後部座席に乗せ、ディランのテープをカーステでひとり聴きながら車を走らせた。
// 翌日の夕刻、私は春日大社の叢林の奥にあるひっそりとした紀伊神社の朱塗りの社の前にひとりぽつねんと坐していた。一人の若い白人の青年にココハ何ノ神サマナノカ?
と訊かれ、コノ神ハ base of spirit を Protect
シテイルと怪しげな英語で説明してやった。社の背後に「蝙蝠窟 道」と記された石標が立っている。勝手にココヨリ人ナラヌ道ナリと解釈した。招ぎ寄せるような深い暗がりが佇んでいたが、私はその先へ進んでいこうとは思わなかった。
2003.7.19
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