町内会顛末(解散)

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■■ 町内会を殲滅し廃墟の中から真実の自治組織の出現を待とう ■■

 

 

 

 

 

 

  年度末になって、わが家の栄光なる町内会自治会長の二年の任期も残りわずかである。町内会経費を圧迫していたもろもろの寄付金を圧縮し、掲示板や消火器を 交換し、敬老の日や子供の日にはささやかながら和菓子や図書券を配り、災害時の要配慮者支援マップや緊急連絡先リストなどを整備し、町内会の会則も大幅に 刷新・追記し、夏の地蔵盆の当番等作業を簡素化し、神社の祭りの手伝いや選挙の立会いもこなし、たいてい定年退職後のじーさんしか想定していない日時に設 定されるもろもろの集まりや研修会などにも極力出席し(ほとんどつれあいだったが)、掲示物を貼り換えたり市の広報誌や各種ゴミ袋などを定期的に数えて配 布したり(ほとんどつれあいと娘だったが)、役所の窓口で喧嘩をしたり(ほとんどわたしだったが)、まあ、あれやこれやと、それなりによくやった二年間で あったとわれながら思う。十数年間に及び自治会長を丸投げされていて最後は短い闘病生活を経て亡くなってしまった前任者のT さんが病院のベッドで回覧内容を見て、「じぶんたちのような年寄りと違ってあたらしい考えで、よくやってくれているなあ」と奥さんに話していたというの が、わたしには何よりも嬉しい「勲章」である。ところが次の二年の三役をそろそろ決めなければいけない時期になって、早くも暗雲が立ち込めている。町内を 三つに割った三班それぞれ設定した順番で会長、副会長、会計の三役を選出しなければならないのだが、わが家の一班はすでに副会長を決めたものの残りの二班 は尻を押さなければ動かず、とくに二班にあっては調整役の現班長の家がまず隣家との人間関係のトラブルで町内会を抜けたいと言い出し、ならばと二班で副会 長のSさんが依頼したUさんはある日わが家にやってきて、じぶんが喉頭がんであることを病院の予約票などを持参して説明にしに来て、そして昨日、Sさんが 次に依頼したWさん宅の息子氏(わたしより数個年長らしい)がやはりわが家の玄関ベルを押した。むかし大工だったというWさんは時折家の前で見かけたり、 どこかの家の工事などがあると職人さんと立ち話をしている姿をよく見たが、最近はちょっと痴呆が始まってきてあまり外にも出してもらえないとも聞いてい る。奥さんは数年前に亡くなって、息子氏に会うのははじめてだ。Sさんから次の会長をと頼まれたのだけれど母親も亡くなって、父親もそのような状態で、じ ぶんは仕事の日はほとんど家には寝に帰るだけのような生活で、休日は大抵出かけているので、とても町内会の役などはできない。そんな状態なのでみなさんに 迷惑をかけても申し訳ないし、じつはこれは前々から考えていたのだけれどこの際、町内会を脱退させて頂きたいと思っている。そんな内容であった。 つれあいと二人で玄関に立ち、わたしも当初ははじめて会う人物でもあるし至って紳士的に話をしていた。二班には(会則で決めた)75歳以上を除くと役員を やってもらえるのはわずか数軒しかない(他の班も似たり寄ったりだ)。うちも夫婦共働きだしそれぞれの高齢の親もいる。それでも自治会長の集まりも含めて なるべく出席してきたし、ときには三役でカバーし合ってきた。自治会の加入はあくまで任意で強制ではないので辞めたいという人を引き止める権限はない。で も役ができないからと町内会を抜ける人がこうして増えたらどうなるのか。個人的な気持ちからしたら、できれば残って頂きたいと思う。「公・私」というもの があると思う。人が地域に根差して集まりがあれば、いろいろな部分で関わりが生じる。決めごとや助け合いが必要となる。それの最大限が政治や国家であろ う。「私」の現在がほどほど安定していれば「選挙(公)」には行かないし関心もない、というのがいまのこの国の姿だ。「私」はもちろん基本だが、全体を考 えて「公」をそれぞれが分担することもやはり大事なことではないか(わたしが言うのも似合わないが)。W息子氏との会話でいくらわたしが「公」の話をして も、息子氏から返ってくるのは 「私」の話ばかりである。わたしはだんだん腹が立ってきた。W息子氏には可哀そうだったけれど、こいつが、こんな立ち位置と価値観のやつがいまのアホ政権 を野放しにさせているまさに元凶なのだと思えてきた。あなたは母親が生きていたときはお母さんが班長で集金をしたりとかしてるのを見たことがあると言った けれど、せいぜい班長の役しか回ってこなかったんですよその頃は。だれもやりたがらないから会長はずっとT さんが亡くなる直前までやり続けて、みんなはそれにおんぶにだっこだったわけですわ。それで神社の修繕費の寄付を勝手に町内会から出してとか文句言われた りして。T さんはほんとうに可哀想だったと思いますよ。T さんが急に入院して、だれもやる人がいなかったから8年前によそから引っ越してきたわたしたちが会長の役を受けました。総会で二年の任期と今後の役回りの 表も設定してみなさんに同意していただきました。それがどうですか。すでに破綻しているじゃないですか。みんな、じぶんはできないじぶんはできないって。 いや、総会に出席できなかった人は委任状をちゃんと書いてもらいましたよ。75歳以上の後期高齢者は役回りから除外するって、回覧で回した会則に書いてま す。ちゃんと読んでくださいよ。みんなで決めたことなんだから。前から脱退を考えていたって、二年前に役回りのあれこれを決めた総会で委任状を書いても らったとき、二年後にあるいはじぶんが役をやらなきゃいけないということなんか何も考えてなかったでしょ。とりあえずは二年はだれかがやってくれる、と。 そして二年後になっていざじぶんに役の話が回ってきたら「前々から考えていたことだけれど迷惑になるから町内会を抜けたい」って、ちゃんちゃらおかしいで すわ。そういう一人ひとりのいい加減な態度がT さんに十年以上も誰もやりたがらない自治会長を圧しつけてきたんですよ。Wさんのとこは古くから町内に住んでるんでしょ。うちなんか、わずか8年しか住ん でいない、いわばよそ者ですよ。でも二年間、この町内のためにいろいろやってきましたよ。休みの日や、平日に休みをとって役所と交渉したりとか。神社の寄 付金を減額してもらうときだって、わざわざ氏子総代のところへ行って二時間三時間喋って根回しをしてからですね・・・  そんな話をしている間合いに、W 息子が「で、脱退は受けていただけるんでしょうか?」と言ったものだからわたしはついに切れて、ああ、いいんじゃないですか、みんなでそうやって面倒だか ら出来ないからと町内会を抜けて、だれもいなくなって町内会も解散したらいいんですよ。うちも、じゃあ3月末で抜けますわ。そう言い捨てて自室へもどり、 昼から現場の仕事があったのであわてて支度を始めたのだった。W息子は当初、わが家の玄関チャイムを鳴らしてたまたまリビングにいたわたしがインターホン 超しに返答したもので、じっさいにつれあいが玄関に出て話を訊こうとしたのに「ご主人にお話が」と言ったもので、わたしが呼ばれた。娘にいわせれば、W息 子はすでにそこで「地雷を踏んでしまった」そうだ。「そのまま、お母さんと話してたらよかったのにね」  しかし風邪気味で二階の自室まで鳴り響いていた 父の声を聴いていた娘いわく「今回はお父さんの言うことは正論だ」と。じっさいに自治会を解散したところも全国にはあるらしい。高齢化、少子化、空き家ば かりが増え、ライフスタイルや価値観も変わりつつあり、町内会というもの自体が大きな曲がり角に来ているのかも知れない。町内会を解散したら何が困るだろ うか? いちばん困るのはきっと、もろもろの広報やたとえば赤十字の寄付の類などを末端機関である町内会に丸投げしてきた行政だろう。われわれ自身でいえ ば市の広報誌などは役所でも配布しているし、自治会で回収していた資源ごみや自治会を経由して行政に依頼していた粗大ごみなどはじぶんで清美センターへ運 べばいい。たぶんいちばん困るのはそうしたことすらもが困難な町内のお年寄りたちだ。「公」がなくなれば、いちばんしわ寄せがくるのはいつも社会的な弱者 の立場にいる人たちだ。W息子は痴呆が始まった父親の世話も役ができない理由のひとつとしてあげていたけれど、「家はほぼ寝に帰るだけ」の仕事中に災害が あったらかれは父親のためにジェット機で飛んで帰ってくるのだろうか。行政で作成した「災害時の要配慮者支援マップ」の中身があまりにもひどかったのでじ ぶんたちであらたに作り直したが、「要配慮者」のいる赤点がマップに落とされた家は町内の6割以上を占める。じっさいに昨年の大雨の時は、町内にいた者だ けで手分けして近所のお年寄りの安否確認をしたり、避難先の環境を見に行って一人暮らしの高齢者に意思確認をしたりしたのだった。役ができないから・やり たくないからという理由だけでは割り切れないものがある。W息子はそこまで考えていないだろう。さて、どうなる町内会は次回に続く。
(2002.2.16)



夜、 副会長のSさんが焼酎の赤ら顔でやってきた。二班で改めて話し合ってもらおうと思ったのだが、W息子についで、もともと自治会長を依頼したUさんまでが 「町内会を抜ける」と言ってきたという。「何も話すことはありません」とわたしは冗談交じりに出ていったのだが、Sさんも事ここに至って怒り心頭で「も う、(町内会を)解散するしかないかもな」と言う。「ただこのままじゃ解散することすらもできないから」とSさん、にやりと笑って「うちの母ちゃんの意見 ではだ。このまま役員が決まらなかったらあと1年か2年、いまのメンツで役員を続けて、それで解散を決めるのがいいかも知れない、と」。「えー まだやる の〜」と言ったものの、いまの状態では解散やその後の後処理もできないだろう。心配なのは前にも書いたが、不自由を強いられる一人暮らしの高齢者だ。結 局、近いうちにつれあいと副会長のSさんが役所に行って、町内会を解散した場合にどんな不便が発生するのか、またその場合一人暮らしの高齢者に対しての行 政のサポートはあるのかといったことを確認し、それらを手持ち資料として4月の総会で「今後、町内会をどうしますか?」といった発議をするための準備をし ておこうかということになった。町内会が存在しなくなるのだから、市の広報やゴミ袋を配ったり、ポスターを掲示したり、回覧を回したりする必要は消失す る。あとはお年寄りがじぶんで出しに行きにくい資源ごみや粗大ごみの回収を手伝ったり、あるいはお地蔵さんへときどきお花をあげたりするような最低限のこ とだけを有志のメンバーで(無理なく)行うような新しい仕組みをつくればいいんじゃないか。あれこれと考えていたら「町内会を解散させる」「それに代わる 有志のひとたちだけのゆるやかなコミュニティをつくる」という目標ができて、何だかちょっと愉しくなってきたぞ。で、Sさんが帰ってから家族であれこれと 話し合いながらスマホの検索で見つけたこの「町内会長日記」がなかなか面白い。「町内会を殲滅し廃墟の中から真実の自治組織の出現を待とう」 こいつ、好 き。


「全国の町内会のみなさん。
 今まで通りに、惰性で続ける町内会など、解消しよう。
 解体し、壊滅させ、その中で、真実、必要であるなら、あらたな有志でもって地方自治の任意団体を創設するべきなのだ。
 それこそ真実の民主主義だ。
 大東亜戦争末期に、大政翼賛会の末端組織として、行政の手先として作られた現在の町内会は、もはや機能を失っている。
 毎年の役員の押し付け合いは、たくさんだ。
 そんなにいやなら集団で辞めよう。
 それこそが問題解決の糸口だと思っている。」
(2020.2.19)



さて、町内会解散革命委員会です。

今 日になって三班からも「町内会を抜けたい」という人が出て、この人は三役の期待を担っていた人だったのだけど、おなじように会長役を依頼されてやはり「町 内会を抜ける」と言ってきた二班のUさんと仲良しだそうで、このように同調者が次々と出てきてじつに盛り上がっている。良い感じだ。

考えたのだけど、このまま「順調」にいってだれも三役が決まらなかったら(いや訂正。わが一班はすでに選出済みだけど)、現在のわが家を含む三役で延長してもいい。

その代わり任期は一年だけで、その一年の間に町内会の解散と後処理とその後の「ゆるやかな形」を決める。いわば町内会の解散を前提とした「解散準備町内会」だ。

「解 散準備町内会」は通常の町内会とは異なっていろいろ面倒臭い作業があるから、4月からはさっそく広報誌やゴミ袋などの配布のいわば行政の肩代わりの作業は 悪いけど辞退させて頂く。「配布委託料」は要らないので、行政で配布してもらう。じぶんたちの連絡以外の行政や交番から流れてくる回覧物も回さないし、ポ スターも掲示しない。日赤募金のようなのも回さない。つまり「上から落ちてくるもの」はすべて拒否して、極力、解散と後処理とその後の「ゆるやかな形」を つくるための作業に没頭する。

町で設置した外灯をどうするか、繰越金をどうするか、今後の粗大ごみ等をどうするか、災害時の助け合いをどうするか、高齢者への対応をどうするか、いろいろ考えなくちゃいけないことがたくさんあるからね。そうして一年後の春に正式に町内会を解散してその役割を終える。

「町内会を殲滅し廃墟の中から真実の自治組織の出現を待とう」
(2020.2.20)



仕事を早引けして午後、つれあいと副会長のSさんの三人で市役所総務課にて「自治会を解散した場合のリスク」について話を訊いてきた。その後、臨時総会の回覧を作成した時点で、明日も仕事なので今日はこのへんでタイムアウト。
(2020.2.22)



 町内会解散革命委員会 実行部隊「狼」です。

  土曜は雨中半日立ちん坊の仕事から帰ったらわが家の玄関で三役会議が開かれていて、「あー 疲れたから、今日はもう面倒臭い話はしたくないな〜」とひとり 呟きながら三人(副会長Sさん、会計Aさん、つれあい)の前を横切り靴を脱いであがったのだけれど、まあ、そういうわけにもいかないので、南河生鮮市場で 買った半額海鮮丼をお預けにしてしばし玄関立ち会議。この時点の情報として、三班では町内会の脱退を考えている人が2名、そして驚きはどこから発生したの か「一班のOさんが会長を引き受けてくれた」というデマがまことしやかに三班周辺に流布していたことだ。「あれ、違うんですか?」 まさにこの都合の良い 他人おまかせ丼思考がこの冴えない日本国を覆って日々南極の氷河のように崩壊させているのはこの町内会に限らない。神が降臨した(どんな神かは知らないが 町内会長をやってくださる)。いい加減に目を覚ませよ、おめーら。レノンが歌ったように、「神」はおめーらの身勝手さと無責任さを測るだけの物差しだ。

  金曜にわたしも会社を早退して参加した市役所総務課での質疑応答(及び、その後の情報収集など)でクリアになってきたこと。役所側へ届け出されているかた ちとして「町内会」「代表者」「連絡所」の三種があるということ。町内会としての活動があり、50世帯以上を有しているのが「町内会」。50世帯に満たな いのが「代表者」。最後の「連絡所」は町内会としての活動はないが、町内会を解散した地域やマンションなどの町内会に参加していないところへ広報誌などを 配布するグループの連絡先といったところ。これを前提として、町内会を解散した場合の想定される状況を以下。


◆ 市・県の広報誌の配布。現在は町内会長宅へ月二回、一括送付され、仕分けをして(これがけっこう面倒)各班長に配ってもらう。→町内会が解散すれば一括配 送はストップされ、各自で役所へ取りにいかなければならないが、「連絡所」として届け出すると広報誌とゴミ袋は送付される。5世帯以上であることが対象な ので、町内に5世帯程度のミニ・グループを複数つくるのは可能。隣近所の5世帯だけなら配布も楽。

◆ ごみ回収。→可燃ごみはわが町は特別に集積場所を設けておらず、当日朝に各戸の前に置いたものを回収してくれているので変更はない。(町内で集積場所を設 けている場合はそれが廃止されるので回収が出来なくなる。「基本的に町内会を外れたら回収の対象からも外れる」と総務課の担当者が言うので、「廃棄物の処 理及び清掃に関する法律の第6条の2には“市町村は、一般廃棄物処理計画に従つて、その区域内における一般廃棄物を生活環境の保全上支障が生じないうちに 収集し、これを運搬し、及び処分しなければならない。”とある。町内会を外れたら回収の対象からも外れるという法的根拠は何か? と問い返答に詰まる場面 があった」  隣町などと係を出して近所の公園で年に数回、回収している粗大ごみの回収は利用できなくなるが、要介護2以上の認定とホームヘルパーを利用 している高齢者向けの「にこやか収集」というサービスがある。それ以外の人は基本、清掃センターへ持ち込みとなる。

◆ 町内会設置の外灯。役所の資料でわが町は8ヵ所もあることが分かった。資産は市、電気代は町内会。これがなくなると夜、町内はほぼまっくらになる。→これ がけっこう難しいかも。いちばんすっきりするのは全撤去だが、防犯上も安全上もよろしくない。残すとなると電気代の支払いが発生するので徴収や会計役が必 要となる。

◆ クリーンキャンペーン。→公園や河川などの共有部分がない。いつも各自の家の周辺だけやって終わりなので特別に影響はない。

◆ 民生委員。近隣の三町が対象。つい最近、うちの町内から選出された。一人暮らしのお年寄りなどを定期的に訪問して安否確認をしてくれている。→確認したと ころ、町内会のエリア(地域)をベースに設定しているだけで、町内会が解散しても支障はない。三町内で民生委員の役回りがふたたび回ってきたときに町内会 のエリア(地域)から選出したら良い。

◆ 自治会連合。→関わりがなくなるだけ。それに付随して掲示物や回覧物の依頼、もろもろの集まりへの招待、赤十字・歳末助け合い等の募金依頼もなくなる。掲 示物や回覧物は「連絡所」宛で受けて、必要なものだけ掲示・回覧することは可能。また掲示物や回覧物は町内会が存在していても停止することもできる。

◆ 自主防災組織。→消火器や防災グッズなどの補助金申請ができなくなる。また自治会長へ委託される災害時の要支援者リストの更新がされなくなる。(後者につ いては企画政策課の担当者が、「ぶっちゃけ言ってかたちだけ整えているリストで、とりあえずリストを整えたという段階なので実用性は低い」と)

◆ その他の補助金申請。消火器等とおなじで「町内会」「代表者」以外の登録の場合は、町内会から申請する掲示板や外灯、防犯カメラ設置などの補助金申請もできなくなる。

◆ それから市役所とは関係ないが、寺社の寄付金依頼も来なくなる。昨年、金額を一気に下げた薬園神社がきっと真っ青になるだろう。


土 曜の玄関会議で「臨時総会」の出欠欄に設けていた「町内会を脱退」は省くことにして、それ以外はそのまま30部以上(実際は40数軒だが、活動に参加しな い集合住宅や空き家などを除いた数)を印刷し、日曜の朝にさっそく配布した。基本的には各班(三班)の班長さんに依頼したが、民生委員のNさんと、今回脱 退をほのめかしているような家などはわたしとつれあいで個別に持参して説明した。すると昼食前になって近所のMさんがわが家に怒鳴り込んできた。わたしは 生憎所用で(新宮行の最中に故障したエアコン修理が帰って来たのだがバックモニターが映らなくなったために車屋へ)出かけていて不在でつれあいが対応した のだが、町内会解散の回覧を読んで「自治会長はいったい何をしているのか! 町内会をなくすなんて年寄りはどうなるんだ!」と怒り心頭であった。

古 い三軒長屋で一人暮らしをしているMさんは植木屋や土方の日銭仕事をしている。パチンコ好きで、僧侶の資格を持っているといちど町内の葬儀の際に袈裟姿で 出てきたことがあったが、どうも正式の資格ではないらしい。向かいのおなじ長屋に住んでいる一人暮らしの最近ちょっと痴呆が入ってきたおばあちゃんの世話 をこまめに見ていて、つれあいの話ではじぶんの軽トラックに乗せて銭湯へも連れて行ってあげているらしい。その風貌も併せて、わたしはひそかにわが町の高 木顕明とも呼んでいるのだが、そのMさんがふたたびやってきて、「会計で何かあったんだろう! 会計を見せろ!」とつれあいに怒鳴っているときにはわたし は車屋から戻ってきて昼食の支度をしている最中だったので、玄関へ出ていって帰りかけていたMさんを呼び止めた。「町内会を解散してどうするつもりだ!  自治会長が一軒づつ説明して回れ!」なぞと言うので、「任期が来て、だれも役員をやらないと言うんだから、逆にこっちが怒りたいくらいだ」とわたしも声を 荒げて、それからMさんの肩を叩いて声のトーンを落とし、二班三班で役員を依頼した人たちが次々と町内会を脱退すると言ってきていること、だから今回は、 町内会がなくなったらこんなになるんだぞと脅しのつもりもある、これを見てあわててくれたらそれが好都合と説明をしたら、Mさんは「そういうことか〜」と 笑顔を見せて、最後は「総会は出席しますわ」と手を振りながら帰っていったのだった。そのあとすぐにまたわが家のチャイムを鳴らし、出てきたつれあいに 「怒鳴ってしまってすみませんでした」と謝罪をして帰って行った。町内会がなくなったらいちばん困るのは一人暮らしのお年寄りだというMさんの怒りはわた しとおなじ怒りである。

当初、こんな文章じゃインパクトが弱い。町内会を抜けたらゴミは出させない、水道も止めるくらい書け、と主張して いた副会長のSさんにつれあいは「さっそくMさんがうちに怒鳴り込んできたわよ」と文句を言いに行った。今回、脱退を言ってきた数名はMさんも子どもの頃 からのつきあいがある仲で、その分わたしたちより怒りは深いのだろう。夕方、ジップの散歩を行く際にわたしは、他にも文句を言ってくる人がいるかも知れな いからジップを連れて町内をぐるぐる回っておこうか、とつれあいに冗談を言ったりしていたのだが、その日はMさんのような人はもう現れなかった。

とりあえず、爆弾は設置したぞ。
(2020.2.24)



  町内会なるもの、そもそも「元々は1937年の日中戦争の頃から日本各地で組織され始め、大政翼賛会下の1940年9月11日内務省令第17号「部落会町 内会等整備要領」により国により正式に整備されることとなった」(Wiki) 「部落会町内会等整備要領」第一条にその目的が記されている。

第一 目的
一 隣保団結ノ精神ニ基キ市町村内住民ヲ組織結合シ万民翼賛ノ本旨ニ則リ地方共同ノ任務ヲ遂行セシムルコト
二 国民ノ道徳的錬成ト精神的団結ヲ図ルノ基礎組織タラシムルコト
三 国策ヲ汎ク国民ニ透徹セシメ国政万般ノ円滑ナル運用ニ資セシムルコト
四 国民経済生活ノ地域的統制単位トシテ統制経済ノ運用ト国民生活ノ安定上必要ナル機能ヲ発揮セシムルコト

「国 家の戦時協力体制を地域社会の末端まで浸透させ、住民一人一人に至るまで部落会及び町内会という地域組織を用いて把握しようとする意図を、ここから読み取 ることができる。日常生活としての地域社会は、国家戦時体制の末端組織としての部落会・町内会として再編成されることになったのである。」(「部落会町内 会等整備要領」(1940年9月11日、内務省訓令17号)を読む ―地域社会の「負の遺産」を理解するために― 平川毅彦)

国家戦時体制の末端組織として出発した町内会は、戦後75年を経た現在も、その怪物の尾を切れずにいるキメラのようなものなのかも知れない。

「町内会を殲滅し廃墟の中から真実の自治組織の出現を待とう」
(2020.2.24)



日曜の朝から怒り炸裂。

昨 日、演劇終了の夕方にいっしょに回転ずしを食べに行った母からリクエストがあったので、今夜は母を招いて餃子パーティーをしようということになり、食材の 買い出しに出かけようとしたら自転車に乗った隣家のOさんが近づいてきて、「ウィルス大変だけど、総会、やるんですか?」と訊いてきた。「まあ、二週間く らいで収まるとは思えないんでね、どこかではやらないと」とわたし。
「そんなもの、役員会で決めたらいいんだよ」
「いやいや、町内会を解散するかどうするかって話を、そんな数人じゃ決められないですよ」
「会則通りにしたらいいんだよ。会則はいわば法律なんだから」
「その会則通りにいかないから困ってるんですよ。二班も三班も役員を決められなくて、依頼をした人がみんな“それなら町内会を脱退する”とか言ってきてるんで」
「二班だったら二班の班長に投げたらいいんだ。もうあとはそっちで決めてくれって」
「そんなことしても、何も決まらないですよ。だれも何もやらないし」
「それはそれでいいじゃないか。あとは放っておいたらいい」
じっさいはこんな同じようなループ話をさんざん繰り返した後で、Oさんが自転車から降りてすたすたと自宅の玄関に入っていったので「おい、おまえから話しかけておいて、人が喋ってる最中になんで行くんだ? おい、戻ってこい!」とわたしがまずOさん宅玄関前で切れた。
1分ほどして畑へ持っていく鎌や野菜くずを手にしたOさんがふたたたび玄関から再登場して会話が再開。
「放っておいたらいいと言うけど、4月になったら役員も何も決まらない状態で、ゴミ出しや広報誌や外灯の電気代の支払いや、ぜんぶほったらかしになるんですよ」
「会則は法律なんだから会則通りにしたらいい」
「あのね、そんな正論を言ったって現実はそのように動いてないんだから。そもそも会則が破綻しているんだから」
「あんたがこれ以上はもう知りません、あとは二班で決めてくださいって言ったらいいんだよ」
「そんなことして何も決まらなかったら、いちばん困るのは一人暮らしのお年寄りたちですよ。ゴミ出しもできないし、広報誌も回ってこないし・・」
「そんな個人的な事情は知らないな」
「いやいや、ちょっと待ってくれよ。個人的な事情って。地域のことを考えるのが町内会じゃないの?」
「はあ、そうなんですか。それは分かりません」
これでわたしは完全にぶち切れた。
「も う分かった。これ以上、おまえと話をする気はない。おれは町内の相談窓口じゃねえんだから、いちいち人の家に言いに来るな。言いたいことがあるんだったら 総会に来て言え」と言い捨てて、ガーデンハウスから愛車ジオスを出して白菜と鶏ミンチと餃子の皮を買いにテンション最高潮になって走り出したのだった。
(2020.3.1)



コロナのため町内会の総会が開けない。「もう4月になったから班長を交代させてくれ」とある班長さんが言ってきたけど、「4月になったから自治会長を代わってあげるよ」と言ってくれる人はいない。
(2020.4.4)



 平素は、町内会活動に格別のご協力を賜り、厚くお礼申し上げます。
 春暖の候、会員各位にはますますご健勝のこととお喜び申し上げます。

1.資源ごみの古着回収停止について
  資源ごみの回収業者様から、今後は古着の回収はできない旨、連絡がありました。新型コロナウィルス感染拡大の影響で、再生資源の輸出先が移動制限やロック ダウン(都市封鎖)などで受け入れを停止している影響によるものです。今後の廃品回収は、新聞・雑誌・アルミ缶・段ボールのみとなります。よろしくお願い します。

2.2020度の〇〇町自治会の三役選出及び総会延期について
 2020年度の役員選出が滞っており、またそれを受けて の町内会解散の是非を問う総会も新型コロナウィルスの感染拡大により開催できない状況が続いています。各班の班長については新たに選出されて、すでに引継 ぎも終えていますが、従来の三役については正式には先月3月末を以って役を終了しています(このまま、なし崩しに継続する意思はありません)。次の役員も 決まらず、総会も開けないという予想外の状況で引継ぎもできないため、仕方なく当面の間、最低限の役割は行いますが、あくまで「臨時の代行」である旨をご 了承ください。正確には現在、当〇〇町自治会の三役は「不在」です。
 
以上
(2020.4.22)



町 内会長を二年やって、町内会を解散して、分かったこと。みんな、いろんなことを言ってくれる。町内をよくしようとせっせと自治会長の役目にいそしんでいた ときは、よくやってくれてる、いろいろよくなっていくのを見るのがたのしい、とか。そして町内会の解散を決めたときは、ほんとうはわたしたちのような古く から住んでいる者が動かなきゃいけないのに申し訳ない、とか。みんないろんなことを言うんだけど結局、いざとなったら、じゃあわたしが役員をやります、と 言う者は一人として現れない。よーく分かったよ、おれは。みんなじぶんのことに忙しくて、じぶんのことしか興味がなくて、面倒くさいことはだれかがやって くれたらいいわけだ。じぶんでないだれかがやってくれさえしたら、多少の町内会費をくすねたり、領収書を偽造したって、目をつぶるんだよ。なんせ面倒くさ いことをやってくれるわけだからね。ときどきぶつぶつと文句は言うけれど、それも折り込み済みだ。じぶんたちの生活にとくに支障が出なければかまわない。 だからアヘでもコイケでも、だれでもいいんだよ。自治会長風の格好をしてさ、役所の集まりとか人権集会とか氏子の神社に出かけたりして「自治会長」をやっ ていてくれさえすればね。一人ひとりはけっして悪い人じゃない。でもさ、おれからしたら糞ったれって感じだよ。二年間さんざひとに任せておいて、いざじぶ んたちの番になったら貝のように閉じてしまうんだからね。この国の8割はたぶんこういう人たちなんだってことが、おれには今回、よく分かったよ。
(2020.7.6)



「本 日はお忙しいところ、お集まり頂いてありがとうございます。4月に総会を開く予定でしたが、コロナの関係でずっと開くことができませんでした。やっと今 日、集まることができたわけですが、本来であればあたらしい自治会長をはじめとした三役を中心に今日の総会は開催されるはずでした。ところがですね、この 三役の選出がなかなかすすまない。2年半前に、それまで10年以上の長きにわたって自治会長をやってくださっていたT さんが急に入院をされて、その後亡くなってしまったわけですけれども、代わりの自治会長が決まらなかったので、越してきてまだ8年ほどの新参のわが家が仕 方ない、やりましょうと手をあげてS さんやA さんと共に三役を勤めさせて頂きました。総会で任期を2年にして、班単位で順番に役員を回していくという会則も定めて、みなさんに賛成して頂きました。こ の2年間はわたしたちも一生懸命やったつもりです。町内会費の8割を占めていた寄付金の類を神社の氏子総代に根回しをして交渉したり、宮司さんにあれこれ 言われるのを断固拒否して、その他不要な出費を切って3割まで減らしました。そのお金でぼろぼろだった掲示板や消火器を買い替え、敬老の日にはお菓子を配 り、子どもの日には(該当の家庭は少ないですが)図書券を配り、去年は自主防災の補助金を使って防災ラジオを各戸に配ったりしました。うちはまだ現役世代 ですから夫婦共稼ぎで、しかも障害を持った娘がもう5年近く不登校中で家にいます。そのなかで時間をやりくりして町内会長の仕事をするのは楽ではなかっ た。様々な資料をつくり、回覧物をつくり、あれこれの会合に出席して、役所や神社とやりとりをし、お祭りの手伝いもする。けっこう大変です。でも2年間頑 張ったら、次の方が継いでくれると思っていたから頑張ってやってきたわけです。ところが2年が経って、それぞれの班で役員を選出しなければならないとなっ たことしの3月に、幾人かの方が直接わが家にやってきました。「班の中で役員をやって欲しいと言われているのだけど、事情があるのでできない」 「前回の 総会のときから思っていたのだが、町内会を抜けさせて欲しい」  ・・・プライベートの「私」と「公(おおやけ)」というものがあると思うんですね。人は 社会的な生き物でもありますから「私」だけでは生きてはいけない。人と人とがつながり、助け合い、重なる部分では「公」が発生する。ところがわが家に話し に来られた方は、この「私」のことしか言わない。いわく「働いていて帰りが遅い」 「休みの日は出かけることが多い」 「親の介護がある」 「持病をかか えている」 「パソコンができない」 あれこれあれこれ熱心に語ってくれるのだけど、そんなものは多かれ少なかれだれだって抱えていますよ。で、わたしは やっと理解させられました。2年前に総会で決めたことにみなさんが賛成してくれたのは、けっして「2年後にはわたしたちも役員を順番でやりますよ」という 賛成ではなくて、「とりあえず今回は(役が)じぶんに回ってこないから」という後ろ向きの「賛成」だったということです。そういう「賛成」だったから、い ざじぶんたちに順番が回ってくると「できない」とか「町内会を抜ける」とか言われる。2年間、町内をすこしでも良くしようと頑張ってきたわたしたちからし てみたら、失礼、言葉は悪いですが「ふざけんな!」ですよ、ほんとうに。亡くなられた前会長のTさんも、当初は2年の任期で引き受けたのに、後を継いでく れる人がいないためにそのままずるずると十数年が経ってしまったと訊いています。わたしたちはTさんに放り投げて、そのまま「じぶんに回ってこなければい い」と見ないふりをし続けたわけです。その亡くなったT さんの奥さんが、Tさんが入院して自治会長を降りてから、ある心無い町内の方から在任中のことをあれこれ言われたり、「じぶんがしっかりしていないから次 の人に回せなかっ た」などと批判されて、「十年以上頑張ってきたのに、最後にそんな言われ方をするなんてあまりに酷い」と、もう総会も出てくれません。もちろんわたしはT さんのように、みなさんに騙されて延々と自治会長をやり続ける気は毛頭ありません。じっさいは4月の時点でもう、会長ですらないですけどね。ですからわた したちみんなが、「公(おおやけ)」を平等に担っていくんだという意識をきちんと持ってくれなければ、2年ごとに役員を選出するという会則は所詮「絵に描 いた餅」にすぎないということです。A4でちょっと見にくいかも知れませんが、この円グラフをちょっと見てください。これは前の自治会長のT さんのときに各家庭の家族構成をですねみなさんに書いてもらった資料、そういうのが残っていたのでそれに年齢を加算してつくった町内の年齢比のグラフで す。じっさいにはその後子どもさんが成人して家を出たり、高齢の方が亡くなったりして正確ではないかも知れませんが、だいたいの傾向は出ていると思いま す。70歳代以上の方が町内の半分近くを占めていて、60歳代を加えればじつに全体の70%近くです。逆に20歳代から50歳代はわずか30%、じっさい はもっと少ないと思います。現在の会則では後期高齢者の75歳以上は役を免除という規定にしていますから、40%近い方がまず除外される。そして20歳代 から50歳代の30%はわずかな方を除いて町内会活動には興味すら持っていない。というわけで残った30%のなかで町内会に参加してくれる方の中からし か、役員を選べないというわけです。これがわたしたちの町内会の現実です。ですから今回、あたらしい役員の選出に際してじっさいにお願いをできる人は三つ の各班からそれぞれ数人しかいなかったところ、その人たちが「できない」「町内会を抜けたい」と言ってこられている。たとえ今回、無理やりに役員を選出し たとしても、次回はもう絶対に回るはずがない。4年後、6年後は殺し合いが起きるかも知れない(笑)  いや、じっさいにわたしはすでにこの件で、不本意 ながらニ、三の方と言い合いにもなったし、隣家のOさんから「あとはどうなろうと放っておいたらいいんだ」とか言われて揉めたりしました。そんなことを2 年おきにやるのは、もううんざりですわ。そもそも町内会の成り立ちというのをわたしも調べてみましたがこれは戦前、戦争中の国家総動員体制のさなかに戦時 体制の強化のためにつくられた「隣組」が始まりで、もともと上意下達の色が濃い組織なわけです。だからいまでも行政の下請け的な仕事が、とくに自治会長に は下りてくる仕組みになっている。役所の各課、自治連合会、社会福祉協議会、警察、そういうところからさまざまなものが回ってくる。それが自治会長の負担 をさらに大きくしている要因です。で、これから先、町内会をどうするかというのをみなさんで話し合って欲しいわけですけど、これはあくまでわたし個人の意 見ですが、従来のかたちの町内会としてはもう継続していけないとわたしは思います。住民がたくさんいて、若い世代も子どもたちもたくさんいて、元気なお年 寄りもたくさ んいた時代だったらやっていけた。でも空き家も増えて、子どもがいる家なんかはわずか数軒、一人暮らしで日々の買い物やゴミ出しも精一杯という高齢者も少 なくない現状では、続けて行けるようなあたらしいかたちを模索する必要があると思います。余計なものは減らして、最低限の暮らしや、助け合いの仕組みを残 して、みんなで平等に負担して、続けていけるようなかたちです。わたしは、いろいろなしがらみのくっついてくる自治会はいったん解散して、いったんスリム になって班単位の小さなコミュニティのようなものにした方がいいと思う。参考までにお手元に、町内会を解散したらどうなるか、役所や清掃センターなどから あれこれ訊いてきた内容をまとめたものをお配りしていますのでご覧ください。こんなふうに、町内会の「あるとき」と「ないとき」に分けて、どう違うのかと いう表にしています。こ の、いまわたしの持っている表にはじつは、551の蓬莱の「あるとき」と「ないとき」を加工して、町内会の「あるとき」と「ないとき」にした画像を貼って います。嫁さんからこれは外した方が良いと注意されてみなさんの分は消したんですが、「町内会のあるとき」の一家は暗い顔して、「ないとき」は明るく笑っ ている。これはいまのわたしの心境です。いろいろ長くお話しさせて頂きましたが、あとはみなさんで話し合って決めて頂きたいと思います。よろしくお願いし ます」
(2020.7.12)



 コロナ禍のため新年度にまたいでやっと開いた町内会総会。当日の参加者は17 名、委任欠席もおなじ17名だった。「町内会の存廃を決める大事な総会なので極力参加して頂きたい」と謳っていたにも係わらず半数の出席のみというところ が町内会の現状を表わしているように思う。上記34名以外に、町内に二三ある集合住宅(ハイツ)で町内会費は払ってくれるがもともと活動には参加していな い人、また居住していない空き家や店舗があるために会費を払ってくれている人などが数名いる。前に「仕事が忙しいから」云々の理由で役員辞退をわが家に言 いに来たW氏息子は「委任して欠席」欄には丸をつけず枠外に自筆で「欠席」と書いていた。「役員が決まらなくても放っておいたらいいんだ」と言ってわたし と言い合いになった隣家のOさんは(コロナ禍で中止になった)前回は出席回答だったが今回は「委任欠席」であった。

 少々長いわたしの前 口上に続いて会計のAさんから会計報告があり、ついで配布した町内会の「あるとき」と「ないとき」資料の内容を説明、それから討議となったが、そのほとん どは町内会が廃止になった場合の内容確認(ゴミ出しなど)に類するものであった。代々この町内に住んでいるという50〜60代の男性から、「本来であれば じぶんたちのような者がもっと積極的に参加しなければいけないのだろうと申し訳なく思っているが、やはり現状の形での役員負担は難しい。残念だけれど、廃 止もやむを得ないように思う」と意見があった。三軒長屋のMさんは、町内会を廃止した後の体制について「これじゃ、町内のお年寄りを守っていけない」と 言ってしばらくわたしと丁々発止のやりとりがつづいた。気持ちはおなじだけれど役員をやってくれる者がいないのだから仕方がない。「じゃ、Mさん。そこま で言うなら自治会長、やってくださいよ」 わたしの投げた言葉に当のMさんは「わしがそんなこと、できるわけがない!」 みなが笑って、それで終わりだっ た。会計のAさんの高校の先生をされているご主人から「何とか、町内会を残せないものか。廃止は残念だ」という意見もあったけれど、存続の意見はそのAさ んご主人と三軒長屋のMさんくらいで、おおむね「廃止もやむを得ない」という空気が大勢だった。わたしとしても、もう少し町内会廃止に対する反対意見や不 安が出るかと予想していたのだが、意外なほど少なかった。最後に、わが家が自治会長を引き受ける際に「相談役」として見守ってもらい、その後三町から選出 される民生委員をお願いした向かいのNさんからは「民生委員は町内会の推薦を受けて選出されている。その町内会がなくなったら推薦の根拠がなくなるのでは ないか?」との質問が出た。民生委員の選出についてはすでに市役所の窓口にて「町内のエリアから選んでくれたらいいので、町内会は前提でない」との説明を 受けていたのでその旨を再度説明したが、Nさんとしてはあるいはじぶんだけ梯子を外された気持ちもあったかも知れない。やりとりのなかでわたしが、町内会 という組織についてさまざまな行政の使い走り的な向きもある云々の表現を使った際に「なら、わたしも使い走りですか!」と気色ばむ場面もあった。「いやい や、わたしは民生委員のことを言っているんじゃなくて町内会組織のことを言っただけです。町内会組織が行政の体の良い使い走りになっているというのは、わ たしの二年間の自治会長活動を通じて身に沁みて感じたことで、それは撤回しません」とわたしも結構、依怙地であった。

 夜7時から始まっ た総会も一時間半が経過した。「今後のことも決めなくてはならないから」と採決をとることにした。結果は賛成16名。反対は三軒長屋のMさん一人であっ た。半数が委任欠席であったものの、出席者の圧倒的多数の賛成で長き歴史を持つ町内会の廃止が決定された。徳川300年に終止符を打った慶喜の気分、だろ うか。今後、移行する体制については、現行の班のかたちをそのまま残して、1年毎に平等で分担してもらう班長を軸とするゆるやかなコミュニティとした。平 等に分担してもらうために班長の仕事は広報誌やゴミ袋の班内の配布、粗大ゴミの掃除当番、お地蔵さんの供花当番、地蔵盆のみに限定した。お金のやり取りを 減らすために、会費は徴収せず、廃品回収の業者からの収入は振込料を差し引いた額を直接口座へ振り込んでもらうことにした(従来は自治会長宅へ持参)。町 内の外灯代とその廃品回収の利益でだいたいトントンなので、あとはお地蔵さんの供花代なら町内会の繰越金で優に30年分くらいは残っている。旧町内会の口 座を管理する者がどうしても必要なので、各班長から一人、会計役を選んでもらうこととし、その人が倉庫や掲示板の鍵も管理することとした。新設した掲示板 は今後、行政や交番、社寺からはポスター等掲示物の類が何も届かないので、特定の宗教や政党活動以外であれば自由に利用してもらうことにした。また将来的 に町内のたとえば消火器が古くなってきたりしたら班長を軸にみなで相談して各戸で分担して交換するなどを決めてもらう。(その他、詳細は後掲のコミュニ ティ・ルールを参照されたし)

 その後、町内会の解散を伝える最後の回覧を各戸に回し、あらためて新しいコミュニティ体制への参加・不参 加の提出を求めた。不参加はわが家の玄関で言い合いとなったW氏息子、高齢化で家を継ぐ娘夫婦が不参加を決めたKさん、そして三軒長屋のMさんだけであっ た。Mさんは班長の仕事ができないのが理由だったらしい。もう少し不参加が多いかと思っていたが、案外とわずかであった。ただしもう一軒、30年前の土地 測量に端を発する隣同士のもめごとで「こいつが残るんならうちは抜ける」云々で夜中に旧会計のAさんも交えて調停騒ぎなどあり、不本意ながらせっかく参加 を表明していたSさんが不参加になったことも記しておく。新しいコミュニティ体制でのルールや、使用書式、最低限のマニュアルなどの作成を経て、最後にも ういちど旧役員と新班長による最後の役員会での最終調整や引継ぎを終えたのが7月上旬。後日につれあいが役所に町内会廃止の届け出をして、正式に町内会の 解散は決定された。

 思えば自治会長を引き受けた2年間は大変だったけれど、町内会を良くしよう、変えていこうという意欲に満ちていた し、じっさいにいろんなことを変えていくのは鵺のようなお役所窓口でのつばぜり合いも含めてたのしい作業でもあった。加えてよかったのは町内の人たちとあ らためて知り合いになれたことだ。おなじ班内でも道で会って挨拶をする程度だった人とももっと話をするようになり、町内のそれまで見えなかったさまざまな 顔が見えてきた。犬の散歩や会社帰りでもわざわざ町内のメインルートを抜けて何か変わったことがないかを気にするようになった。避難準備が出るような大雨 などのときには設定された避難所がどんな様子かを見に行ったり、町内のお年寄りの安否を確認したりもした。つまり、いろんなものが目に入ってくるようにな り、いろんな人たちの顔が見えてくるようになり、じぶんの意識がしぜんとそれらに向くように変わってきた。それこそが町内会の役員をやって得た最大の遺産 であり、だからこそわたしはそれをじぶんだけではなくて、なるべくたくさんの人たちに体験して欲しかったわけで、現役世代のじぶんたちが頑張ったら他の人 たちもきっと後に続いてくれるだろう、その後に続いてくれる人たちがやりやすいようにじぶんたちはいわば道路普請をしているのだと思っていたのだけれど、 残念ながら裏切られてしまった。そしてもろもろの長年蓄積した古池の底の澱のようなものがごぼごぼと間欠泉のように噴き出してきた。わたしもつれあいも、 それによってだいぶ疲弊した。だから残念ではあるけれども、今年3月からのわたしたちの気持ちとしては「もう、うんざり。はやく終わりにしたい」というの が正直なところである。なのですべてが終わってみれば、安堵の気持ちがまずあって、そのあとにちょっぴりの残念な気持ち、といったところだろうか。

  古池の底の澱は行政の下請け的なもの、あるいは寺社の氏子・檀家的なものがその多くに由来しているとわたしは思う。それは自発的なものではなく、上から降 りてくるものたちだ。そして概して、その多くはどうも町内に暮らすひとびとのためではないように思う。その「上から降りてくる」ものの負担があまりにも多 く多岐にわたるので、それがとくに役員交代時期などに噴出して人々の間に不和を発生させる。行政や寺社はそのことにもう少し目を向けるべきだと思う。かつ ては町内も賑わい、子どもや若い世代もたくさんいて、古池の底の澱をみなで協力して浚う余裕もあったかも知れない。けれど空き家も多く、町内のほとんどが 後期高齢者世代に近づきつつある状況ではそんな余裕もない。わたしたちの町に限らない。全国の町内会はいまや危機に瀕していると思う。いまも全国のどこか で町内会をめぐって人々がののしりあい、責任をなすりつけ合い、不和になっていく。それなのに行政の担当課長は毎年の自治連合協議会懇親会で高級料理に舌 鼓をうちお土産までぶら下げて赤ら顔で帰宅する。もっとじぶんの足で町内会をまわり、市民のじっさいの声を聞いて回れ。一方で町内会の一人ひとりもだらし ない。いまは健康で粗大ゴミも車に乗っけて清掃センターへ持参できる人もやがては家の前にゴミを置くことすらも重労働になる。困ったときにはだれかの手助 けも必要になる。そういうことを「上から」の指示や押しつけでなく、じぶんがいま暮らしている地域の問題として過去も将来もふくめてじぶん自身の掌に置い て考えるべきじゃないのか。そんなあえかな希望もちょっぴりと託しながらも、わたしが受けた天上からのみことばは「町内会を殲滅し廃墟の中から真実の自治 組織の出現を待とう」であった。最低限のかたちだけ残して、その他はいったん壊す。「上から降りてくる」ものでなく、じぶんたち町内に暮らす者にとって何 が必要で何が必要でないか、廃墟のなかから一人ひとりが考えるべきだ。

 これにて、長きにわたる「解散準備町内会」の記述を終了する。拙 き文章を全国の危機に瀕している町内会のささやかな参考にして頂ければ幸いである。さて、これが映画だったら最後に登場人物たちのその後のエピソードが出 てきたりもするが、ちょいとそれを真似るとしたら、わが家の玄関先でわたしに怒鳴りつけられたW氏息子はその後いちども会っていない。同じように「役員選 出など放っておけ」と言って言い合いになった隣家のOさんは外で会えば儀礼的な挨拶は交わすがいつもよく持ってきてくれた畑の野菜はその後ぴたりと止まっ た。「こんなんじゃ、町内の年寄りは守れない」と言って新しいコミュニティにも参加しなかった三軒長屋のOさんとは相変わらず仲良くしている。先日も日雇 い仕事を紹介してくれた旧副会長のSさんの車の助手席に家の鍵を落としてきてしまった、Sさんは外出中で連絡も取れず、暑い中もう二時間も家に入れずに 困っているとわが家にやってきて、玄関前でそんな話をしていたら介護施設で働いているOさんが施設の軽自動車でやってきて鍵を渡してくれた。「こういうと きのためにね、Oさん。合鍵をどっかに隠して置いておくんですよ。むかしからある方法じゃないですか」とわたしは嬉しそうに帰っていくOさんの背中に叫ん だ。町内会は解散しても、町内はそんなふうに相変わらずだよ。
(2020.8.10)




〇〇町コミュニティのルール

2020年7月8日                         


◇    「○○町自治会」の廃止に伴い、班を単位としたゆるやかなコミュニティへ移行する。

◇    町内を四つの班に分け、各班は班長1名を選出し、その中から会計1名を選出する。
任期は共に1年で、班長は班内で順番に回す(事情のある方については班の総意の上、免除する)。
会計は1班から順番に回す。

◇    班長の役割は基本、以下とする。
・    広報誌・ゴミ袋の配布(クリーン・キャンペーン用含む)。
・    粗大ゴミの当番(6月、9月、2月) ※2班づつ2名が順番に出る。班長が出られない場合は班より代理を立てる。
・    お地蔵さんへの供花(月1回の交代制)
・    地蔵盆(8月23日・24日)

◇    会計の仕事は基本、以下とする
・    通帳の管理
収 入    支 出
廃品回収    年度末に1年分を振込み    外灯電気代    毎月、通帳より引き落とし
お地蔵さん賽銭    年度末に計上    お地蔵さん花代    年度始めに1年分を現金支払い
        雑費    必要に応じて適時

・    出納帳の記載(手書きで構わない。出納帳は永年保管。領収書は別途3年間保管)
・    通帳用の印鑑、○○邸倉庫の鍵、掲示板の鍵を管理する。

◇    地蔵盆・・お地蔵さんの飾り付けと供花だけ、23日6時半設置、24日16時片づけ。

◇    毎年、年度末(3月)に新旧の班長が集まり、会計と共に引継ぎを行うこと。
又会計は粗大ゴミの連絡先として3町(○○町・○○町・○○町)代表者へ連絡をすること。

◇    会費は徴収しない。今後、町内で物品購入等の必要が生じた場合は旧町内会繰越金から出すか、各戸で平等に分担する。(消火器の買い替え、外灯の管球交換など)

◇    今後、○○町単位での対応の必要が生じた場合は、班長の合議で都度対応する。
※民生委員(3年に一度、○○町・○○町・○○町の3町から適任者を選出)など。

◇    掲示板は残し、臨機応変に活用したい(宗教・政治活動の掲示物は原則除く)。

◇    お悔み等は該当の班の班長が対応し、各班長へ連絡をする。

◇    災害時には班単位で安否確認等の声がけを行い、状況に応じて町内で連携・助け合いを行う。


 

 

2020.8.10 (ゴム消しより抜粋)

 

 

 

 

 

 

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